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「阿弥坂 さん、あの、どうしてジャージを着ているのかしら?」
「古文の授業を受けるにあたって何か差し支えあるでしょうか」
「っ……そうね、特にないわね、それでは授業を始めます」
教室で一人だけジャージ姿の女子生徒はベータ性の女性教師を気迫で捻じ伏せ、谷は何処吹く風、柚木は申し訳なくなって縮こまった。
今後どうするか話し合っている比良のことを思うと授業に身が入らず、気もそぞろな午後になった。
(学校に通いたい、比良くんはそう言ってた)
通えるようになった場合、おれはそばにいない方がいい。
もしもマストになったときは先生に任せよう。
<マストくん>が暴れ回るのは目に見えてるけど。
いろんな人に支えられてる<比良くん>なら乗り越えられる……多分。
(おれ、きっとやり方を間違えちゃったんだ)
性処理係なんか、もう、必要ない。
もっと適切な……比良くんに釣り合う恋人ができたらいい。
「手、止まってんぞ、ユズ」
憧れのクラスメートに思いを巡らせ、掃除時間、一時停止になりがちだった柚木は谷にデコピンされた。
「いて」
「昼休みも掃除したのに、また掃除とかダリィ」
渡り廊下担当の二人はモップ掛けの真っ最中だった。
「話し合い、どうだったのかな」
今にも雨が降り出しそうで、実のところまだ小雨すら降っていない曇天を窓越しに見上げ、柚木は呟いた。
「お前ねェ、もういい加減憧れるのやめたら」
サラサラを保っているパツキン髪を無造作にポニテ結びした谷は、これみよがしにため息をつく。
「昼休みのアレ、忘れたのかよ。あそこまでツレなくされてヘッチャラなわけですか」
「おれは無価値だから。ツレなくされても仕方ない」
「ユズ、高飛車女王サマが言ったこと、真に受けんなよ」
「高飛車女王サマって阿弥坂さんのこと?」
「何一つ当たってねぇから」
「比良くんにもっと話しかけていい、もっとお近づきになっていいってこと?」
「ソレとコレとは別問題ですねェ」
柚木は失笑した。
背中を屈め、モップの柄の天辺に両腕を引っ掛け、好戦的な三白眼による迫力を和らげて谷も笑う。
「俺にしとけよ」
昼休みにも言われた言葉。
「俺と番になればいい」
「谷くんと番? うーーーーーん」
「お前ねェ」
「でも今みたいにのびのび和めていいかも」
「だろ」
柚木は中学時代からの友達を見た。
谷はずっと見守ってきた友人を……いや、好意を寄せてきた大切なオメガを見つめた。
「俺が本気で言ってるってわかってる?」
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