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数秒間、繋がった視線。
校内に満ちる喧騒がやたら遠く感じられた。
「俺、へっぽこオメガくんのこと、割とガチめで好きなんですよねェ」
(冗談じゃない、ウソじゃない、ドッキリじゃない)
中学時代から付き合いがあり、谷が本気であることを十二分に理解した柚木は……ぼふっっっと赤面した。
「それってタコの真似かよ、上手だな」
「ち、ちちち、違うっ」
「タコ焼き食いたくなってきた、今日食って帰るか」
「あのさ! なんで? こんな! 突然!?」
思いきり動揺している柚木に谷はクックと笑った。
「予告入れるべきだったか? CM明けに告白しますよ、みたいな?」
驚きの余り、目に涙まで浮かべた柚木は口をへの字に曲げる。
いけしゃあしゃあとしている谷の背中をグーで叩いた。
「返事は今じゃなくてもいい」
背中越しにそう言われると、告白されたのだと再認識させられて、紅潮していた頬がさらに熱くなった。
「ああ、降り出したな」
窓の外で小雨がぱらつき出す。
過ぎ去った五月の空模様を恋しがって涙するかのように、裏庭の緑が濡れていく……。
雨足が強くなり、タコ焼きは食べずに柚木は家に帰った。
「ただいまー、大豆」
「わふっ」
明日は土曜日で休みだ。
昨日から父親は出張で留守、母親は職場の知り合いと晩ごはんを食べてくる、姉は飲み会で帰りは夜遅い。
スーパーで買ってきたおにぎり、常備されている冷凍食品で一人の夕食を済ませることにして、部屋着に着替えた柚木は大豆に構ってやる。
「谷くんが、おれのこと、割とガチめで好き……」
頭の中は谷の告白でいっぱいだった。
(一体全体、いつから?)
どうしておれなんかを好きになったんだろう。
あれ、ていうか、中学時代はベータやオメガの彼女が一人二人いたよーな……どの相手とも長続きしなかったけど……。
『雨で滑って転ぶなよ』
帰り際、極々普通に振る舞っていた谷を思い出して柚木は首を傾げる。
「恋愛感情があったなんて、ぜんっぜん、気づかなかった」
「わんっ」
「上から目線で散々からかわれてきたし?」
「わぅ~?」
「いきなり告白してくるなんて反則じゃ!?」
「わん!」
飼い犬相手に胸中を明かしていた柚木であったが、ぴょんっと床へ飛び降りて廊下へ駆けていった大豆に泣きっ面と化した。
「大豆~、こんなこと話せるの、大豆だけなんだよ~」
心細い飼い主はすぐさま大豆の後を追いかける。
薄暗い廊下へ出てみれば、設置されたゲート前から玄関に向かって飼い犬は頻りに鳴いていた。
「猫でもいる?」
柚木は大豆のそばにしゃがみ込んだ。
ひどくなった雨。
ゴロゴロと遠くで雷鳴もしていた。
「うわ、雷やだな……ん?」
まだキャンキャン鳴いている大豆の隣で柚木は怪訝そうに目を凝らす。
玄関ドアのすりガラスに写り込むシルエットを視界に捉え、ギクリとした。
(だ……誰かいる……?)
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