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12-1-比良くん
柚木は外へ飛び出した。
傘を差していた比良の腕をとって、無我夢中で玄関へと招き入れる。
ほんの短い間でびしょ濡れになった体。
比良の方はブルーのシャツやチェック柄のズボンの裾が重たげに湿っていた。
「比良くん、ちょっと待ってて、タオルとってくる!」
柚木はタオルを取りに大急ぎで洗面所へ、途中、ゲートの向こうで興奮気味に鳴いている大豆をワシワシ撫でて「大豆っ、静かにしよっ」と宥めておいた。
(比良くん、どうしたんだろ)
ウチまで来て、チャイムも押さないで玄関前にただ立って、そのまま帰ろうとするなんて。
(今日の話し合いでは決着つかなかったんだよな)
掃除後、帰りのホームルームで特に何も触れられず、痺れを切らしたアルファの女王サマが比良のことを尋ねれば「まだ話し合いの途中だ」と担任は回答していた。
(これから体育祭とか文化祭とか、修学旅行だってあるけど……)
柚木は気を取り直し、玄関へ戻った。
靴を履いたまま佇んでいた比良へタオルを渡す。
すると。
「えっ……比良くん……?」
比良は自分に使うのではなく、ほんの短い間でびしょ濡れになった柚木の頭をタオルで包み込んだ。
「こんなに濡れて、ごめん、柚木」
目許にかかりそうなタオル越しに、ひたむきな眼差しをした比良に視線がぶつかる。
突如として湧き上がった途方もない甘苦しさ。
柚木の心は丸ごとドボンと浸かった。
「い……いやいや、悪いのは雨だし……比良くんは何一つだって悪くない……非の打ちどころがない……うん」
自分の頭を丁寧に拭いてくれる比良に遠慮することもできず、ついつい身を任せてしまう。
(学校では素っ気なかったのに、今、こんなに優しい)
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