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(は……い……?)
丁重な手つきでタオルを外されて照明の明るさに思わず目を閉じた。
目隠しの暗さに馴染んでいた視界がピントを取り戻す前に、柚木の鼓膜に落ちてきた比良の言葉。
「好きな人にこんなことするなんて、俺は最低だな」
(マストくんじゃなかったんだ)
じゃあ、どういうこと……?
比良くん、今、なんて言った……?
さっきのキスは、一体、なに……?
柚木はごろんと寝返りを打った。
比良は自分の真下で横向きになって目を瞑ったままでいる柚木を呼号した。
「柚木」
「また……マストのフリしたんだ……」
「ああ」
「なんで……」
「柚木の優しさに甘えようとした」
柚木はそばにあった枕を抱き寄せ、顔を埋めた。
「おれ……別に優しくなんか……」
「柚木は誰よりも優しいよ」
比良はエビみたいに丸まった柚木に小さく笑う。
「マストの俺に寄り添ってくれた。そばにいてくれた。だから、またマストになったフリをしたんだ。マストの俺には甘いみたいだから」
「あ……甘いっていうか……マストくんが大豆よりも駄々っ子だから仕方なく……」
「でも無理だった」
「……」
「俺だけど、俺じゃない名前で呼ばれて、耐えられなくなった」
飽きのこない感触がする黒髪を愛おしげに梳く。
ずっと密かに焦がれていたオメガ男子とのキスを果たし、鼓動を加速させている別格のアルファは、想い人を思う存分見つめた。
「あんなに可愛い柚木、マストの俺しか知らないなんて不公平だ」
一体全体、憧れのクラスメートは何を言い出したのかと柚木は周章する。
「あんなに遠慮なく悪口を言えるくらい打ち解けていたなんて……ずるい」
土砂降りの雨音がいつの間にか弱まっていた。
カーテンの向こうから小雨のしとしと降る音色がする。
「以前、この家へお邪魔したとき、本当は柚木にキスしたかった」
前回、別れ際に玄関で不意に顔を近づけてきた比良の姿を思い出し、柚木は「う」と無意識に呻いた。
「いや……もっと前から、か」
そんなことを言われると頭の中がパンクしそうになった。
「こんな俺、嫌いになるか、柚木……?」
(比良くんには口輪 をつけてもらうべきかもしれない)
こんなの、鼓膜がもたない、耳がおかしくなる……!!
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