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「俺は谷に暴力を振るい、柚木を階段から転落させた」
あの日、美術室を出た後、階段で何が起こったのか。
初めて本人の口から告げられてクラスメートは表情を曇らせる。
「待って、比良クン、保健委員が階段から落ちたのは事故でしょう? 本人がそう言っていたわ」
両サイドの姫カットが特徴的な長い黒髪を翻し、阿弥坂は、とてもじゃないが口を挟めずにじっとしている柚木を一瞥した。
「それに谷だって騒ぎ立てない。きっと彼にも非があるのよ」
(谷くんはちっとも悪くない)
カチンときた柚木は勇気を出して女王サマに反論しようとした。
「俺は谷の首を絞めた」
柚木も、阿弥坂も、教室にいた全員が一斉に口を噤んだ。
マストになった比良と谷は取っ組み合い程度の喧嘩をしたのだろう、そう思い込んでいた面々は押し黙る。
隣のクラスから教師と生徒のやり取りがはっきり聞こえてくるほどにシンとした室内。
「踊り場のポスターを破る、同級生の胸倉を掴む、どれも許されたことじゃない」
よく通る声が静寂を丁重に破った。
「でも谷のときは極めて危険だった。マストの俺はれっきとした殺意を彼に向けたんだ」
比良は教卓の横から毅然とした足取りで移動した。
三白眼を眠たげに半開きにして頬杖を突いている谷の元へ歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「すまなかった、谷」
谷は目の前で起こった一連の出来事を学内では教師にのみ報告していた。
同級生のアルファ勢に問い質されても適当にあしらい、日頃より割と茶化していた完璧なクラスメートのマスト化を言い触らすこともしなかった<はぐれアルファ>。
誰もが固唾を呑んでいるのに対し、一人だけ飄々としている彼は煙たそうに片手をヒラヒラさせた。
「ソチラのお母サマから有難く頂戴した菓子折りで償いは十分です」
何とも軽々しい態度に憮然とするでもない比良は、毅然とした足取りを保って……今度は柚木の席へやってきた。
(うぇぇえ~……おれのとこにまで来たぁ~……)
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