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『俺は……またマストに……』
金曜日の放課後。
眠りについていた<比良くん>は目覚めるなり柚木に問いかけた。
『柚木に、また……ひどいことをしなかったか……?』
『大丈夫、何もされてないよ、おにぎり食べられたくらい』
『……おにぎり……?』
本当だった。
自分が食事をしているのを横からガン見し、時につまみ食いしてきた<マストくん>は、柚木が食べ終える頃に速やかに穏やかに去っていった。
(性的なことはいっこもしてないのに)
……いやいや、別に構わないですけど、したかったわけじゃないですけど。
(おれにずっと会いたがってたみたいだから、今回はそれが果たされて満足した……とか!?)
呑気に自惚れてしまいそうになっている柚木のそばで比良は電話をかけた。
マスト化していないかどうかの確認のため、電話を逐一するよう言われていた彼は『今から向かいます』と、母親の櫻哉に伝えた。
『近くで母が待ってるんだ』
長かったようで短かった二人きりの放課後。
もう終わってしまうのかと淋しくなり、しかし心配している家族をこれ以上待たせてはいけないと、柚木は比良を送り出した。
『比良くん、えーと、これ』
靴を履いて帰る準備が整った彼に片手を差し出す。
『もう一ヶ月も過ぎちゃったけど、誕生日プレゼント、何もあげてなかったから』
半分冗談のつもりで、一度返された、リーズナブルなネルシャツについていたボタンを正式にプレゼントした。
お守りにしていたソレを再び手に入れた比良は。
『柚木からのプレゼント、嬉しい……ありがとう……これから、もっと、大切にする……』
長雨の鬱陶しさもジメジメ湿気も吹っ飛ぶほどの、五月晴れの如き眩しい笑顔を惜し気もなく柚木に逆プレゼントした……。
「柚木には手と首筋に噛みついた」
テスト中、試験監督が自分の真横で足を止める緊張のひと時よりもガチガチに緊張していた柚木は。
今は亡き首筋の傷痕を咄嗟に片手で覆った。
すると、その手を大きな掌に覆われて、聖域のうなじをほんのり赤く染めた。
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