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「ユズくん、あの傷、階段から落っこちたときにできたって」 「下手したらうなじじゃん」 「番になるんじゃ?」 柚木の友達およびベータの生徒がざわざわする。 他のクラスは朝のホームルームが済み、閉め切られたドアの向こう側も俄かに騒がしくなっていた。 「まだ番にはなっていない」 耳に届いた会話に比良は丁寧に回答する。 「柚木は事故だと言うけれど、俺があの場にいなかったら階段から転落することはなかった。柚木も谷も被害者で悪いのは俺だけなんだ」 (階段から落っこちたのは運動センスがゼロだったおれのせいだよ、比良くん) 今、ここで比良の言葉を否定するのは気が引けて柚木は黙り込んだ。 「マストを<別格のアルファ>だと謳って美談にしないでほしい」 比良は階層問わずにクラスメートを見渡した。 まだ柚木に触れたままでいる彼に谷はボソリと「街頭ならぬ教室演説か」と、ひとりごちる。 「次の瞬間、マストになって誰かを襲うかもしれない。止めに入った誰かにひどい傷を負わせるかもしれない」 触れている場所から発声の振動が伝わってきて、大真面目な雰囲気の中、柚木は一人どぎまぎしてしまう。 「先生達は当初からオンライン授業を薦めてくれていた。リアルタイムで授業が受けられる、登校しなくても出席扱いになる、教室でのマスト化を心配せずに勉強に集中できる。みんなの安全や俺の学習環境を第一に考えてくれた」 (比良くん、いつまでおれに触ってるんだろう、些か恥ずかしい) 「だけど、なかなか決められなかった。金曜日の夜まで悩んでいた」 「金曜? この間の?」 問いかけてきた阿弥坂を見ずに比良は「そうだ」と答える。 「金曜日の夜、やっと決めることができた」 うなじをほんのり紅潮させている俯きがちな柚木を見下ろした。 首筋から細い肩へ利き手を移動させる。 大きな掌でやんわりと包み込んだ。 「思いの丈を打ち明けて決心がついたんだ」 (比良くん、これ、何の話ですかね……?)

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