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いつの間にか谷は教室からいなくなっていた。
大方サボリだろう。
名残惜しそうにしているクラスメートに別れを告げ、泣いている女子には「俺なんかのためにありがとう」と律儀に礼を述べ、比良は教師らに向き直った。
「先生方、どうもありがとうございました」
(ああ、比良くんが教室からいなくなる……)
泣いている女子生徒につられて、また「ぶひっ」しそうになっていた柚木は努めて平静を装おうとした。
皆と一緒に笑顔で比良を見送りたいと、引き攣りがちな表情筋を解すためにほっぺたをぎゅうぎゅう抓った。
「どうぞ授業を始められてください。ただ、柚木と話がしたいので、もう少しだけ彼の時間を頂いてもいいですか」
柚木は自分で自分の頬を抓ったまま一時停止に陥った。
教師らはすんなり了承して「終わったら職員室に来なさい」と、担任の方は一足先に教室を出て行った。
「すみません、では、よろしくお願いします」
比良は授業担当の教師に一礼し、頬を抓ったままカチンコチンしている柚木の肩を抱く。
「授業の邪魔にならないよう、廊下へ行こう、柚木」
「本当は今度の土曜日にまた学校へ来るんだ」
廊下の窓際で比良と向かい合った柚木は耳を疑う。
「へ……?」
「中間テストの追試験がある。午前中に受ける予定なんだ」
「へ……へぇ……? さっきは期末まで来ないって……」
各クラスで授業が始まって静かなフロア。
比良は柚木の片手を宝物みたいに両手で握り締めた。
「昼からデートしよう、柚木」
(………………)
むりっしょ!!!!
だって比良くん、いつ<マストくん>になるかわかんないし!?
さっき自分でも誰かを襲うかもって言ってたじゃん!!
街中でマスト化したら、それもう警察沙汰になるんでない!?
「いやいや、そんな、絶対むりだよ、状況的に危ないよ、それにみんなだって比良くんに会いたいだろうし……おれだけ……会うっていうのは……」
燦然 と耀いていた黒曜石の瞳がどんどん光を失っていく様に、柚木は、途方もない罪悪感を抱いた。
「え……えーと……比良くんは、その、みんなのものだから……?」
「みんなのもの?」
「こ……公共物っていうか? 独り占めしちゃ、だめっていうか……?」
しどろもどろにそう言えば。
比良は握り締めていた柚木の片手に頬を寄せた。
「俺は柚木に独り占めされたい」
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