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「学校に登校できない比良クンを連れ回しているのも大問題だし、今、マストを引き起こしているでしょう。あのご陽気で軽薄な通行人を殴ろうとしてた……ああ、やっぱり目が赤いわ」 「じょ……阿弥坂さん、あのですね」 「どうしてこんな非常識な真似に至ったのか、何を考えてこんな行動に及んでいるのか、私にわかるように説明して、今すぐに、早く」 (あわわわわあああ!!) 小学校時代に厳しくて苦手だった先生よりも怖くて迫力ある阿弥坂に柚木は縮み上がった。 「あ」 <マストくん>が腕を掴んでいた阿弥坂の手を振り解く。 女王サマに暴力を振るったら、そちらの方が圧倒的恐怖であり、柚木は咄嗟に二人の間に割って入ろうとした。 心配は杞憂に終わった。 阿弥坂の剣幕などどこ吹く風で、彼は、洗練されたディスプレイが目を引くセレクトショップのショーウィンドウ前で柚木を思いきり抱きしめた。 「俺と柚木はデート中だ」 へっぽこオメガを懐にすっぽり閉じ込めた別格のアルファ。 アルファの女王サマを赤いサングラス越しに煙たげに一瞥した。 「邪魔するな」 居心地のいい懐に埋もれた柚木は、ほんの束の間、呼吸を忘れる。 状況も脅威も、何もかも忘れて、その温もりにどこまでも沈みたくなった。 「ふざけないで」 ぶくぶく沈む前に我に返った。 恐る恐る顔を上げ、彼の気迫に負けず劣らず、堂々と睨み返している阿弥坂に血の気が引いた。 「マスト化した貴方は比良クンとはまるで別人。高潔な彼を貶めないで。胸糞が悪くて息がつまりそう、早く、今すぐに離れて、むしろ歩詩の方から離れなさいよ、貴方何考えてるの、今にも血管が切れそう、どうしてくれるのよ」 怒れる女王サマに捲し立てられる。 へっぽこオメガは命令に忠実に離れようとした。 しかし別格のアルファがそれを許さなかった。 「いでででで!!」 骨身がミシミシ軋むほどの過激ハグに柚木は恒例の情けない悲鳴を。 「お前のお望み通り、命令魔になってやる」 「お……おれ、そんなこと一回だって望んでな……いでーーー!!」 「俺に抱かれてろ。この女の命令なんか聞くな。いっこもな」 「歩詩……貴方ね……」 「さっきの奴らより馴れ馴れしい女。俺の柚木を名前で呼ぶな」 「この礼儀知らず……」 今度は阿弥坂が拳をギリギリ握り締め、今にも背骨をバキボキされそうな柚木は<マストくん>の胸をポカポカ叩いた。 「これ以上目立ったらデート中止っ、デートボイコットするっ、だから離してくださっ……離せーーーー!!!!」

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