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注文と会計が済むと柚木は<マストくん>の背中を押して窓際のソファ席を目指した。 とりあえず彼を座らせ、向かい側に移動しようとしたら、先に阿弥坂に着席されてちょっとだけ驚く。 (女王サマ、別のテーブルに座るのかと思った) 「柚木、眼鏡外してもいいか」 「え、だめだよ、ずっとかけてて」 「邪魔くさい」 「まるでお()りね」 キャップを外した阿弥坂の容赦ないツッコミに柚木は苦笑いを返すしかなかった。 「比良クンの携帯にメールを送っておきなさい」 「え? でも……」 「今、ご家族の方が持っているわけでしょう。もしかしたら目を通すかもしれない」 「うはぁ、なるほど」 柚木は言われた通りにした。 比良と一緒にいること、黙っていなくなったことへの謝罪を(したた)め、比良のメールアカウントに送信した。 おしゃべりや哄笑に満ちた明るい店内。 特徴的な姫カットであるサイドの髪を頬に寄り添わせ、阿弥坂は自分の携帯をチェックする。 煩わしい頭痛に片眉を顰め、窓の外を睨んでいる<マストくん>を隣にして、柚木は頭を捻る。 (ボクシング……ブラジリアン柔術……ジークンドー……) ムキムキじゃない、どっちかと言えば細い。 格闘技をやってるようには見えない。 (……サバゲー活動に励んで敵も味方も撃ちまくってるとか) 「何よ」 それまで携帯に注がれていた視線が急に柚木の方へと切り替わった。 「何か文句でもあるの」 「な、ないです」 「なら見ないで」 「えーと、阿弥坂さん、一人で買い物してたの? あっ! もしかしてデートの帰り!?」 「下らない」 「……ごめんなさい」 気を利かせて女王サマとの会話に挑もうとした柚木は、情け容赦なく出鼻を挫かれ、ハーフサイズ近くまで縮こまった。 「ほっとけ、柚木」 へっぽこオメガはビクリと震え上がる。 隣の<マストくん>に肩を抱かれ……ではなく、肩に頭を乗っけられて何事かと目を見張らせた。 「ど、どしたの」 「頭が痛い」 「え! いつもよりひどい? 大丈夫!?」 「撫でろ」 「えっ」 「頭撫でろ」 今までにない振舞に動じていた柚木だが。 マストの際に生じる頭痛が少しでも和らぐよう、黒短髪の頭をぎこちなく撫でた。 「へたくそ」 口では貶しつつも目を瞑ってご満悦そうにしていた<マストくん>は。 向かい側で苛立ちを露にしている阿弥坂に、得意気にあっかんべー、した。 「こんなにもイラつくバカップルもどき、初めて見たわ」 バカップルもどきと評されて柚木は呑気にも照れざるをえなかった……。

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