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一時間も経たずにファストフード店を出たところで急に<マストくん>が立ち止まった。 人通りが絶え間ない歩道のど真ん中で。 「どしたの、マストくん」 明らかに通行の邪魔だ、しかし人々は障害物というよりも、あたかも崇拝すべき偶像に臆するかのように低姿勢で彼を避けていく。 戸惑う柚木の隣で<マストくん>は振り返った。 真後ろには阿弥坂がいた。 「何」 低姿勢どころかキャップのツバを持ち上げて彼女は堂々と見返してきた。 彼は鼻にもかけず、サングラスの下で赤い眼を細めると、眩しい西日の差す街頭を意味深にぐるりと見渡した。 死角に潜む天敵の気配を探る獣の如き目つきで。 「一体何なの」 「わかんない、いい匂いでもするのかな」 「ビーフジャーキー? それとも生肉の匂い?」 阿弥坂の皮肉めいた冗談に柚木は吹き出した。 そのときだった。 「行くぞ」 声をかけられるのと同時に彼に手を握られた。 「え!?」 まるで50メートル走に挑むようなスタートダッシュ。 全速力で共に走り出すよう、藪から棒に無理強いされた。 「はいっ!? ちょっ、なになに!? マストくーーーん!?」 慌てふためく柚木の混乱を余所に彼は走る。 通行人にぶつかる勢いで、時にぶつかっては吹っ飛ばして、被害を一切顧みずに週末の雑踏を驚異の運動神経で駆けていく。 いきなりどうしてこんなこと? 理由は? 目的は? 運動センスがゼロである柚木は途中で迷いを捨てた。 疑問に気を取られていると転倒しかねず、手を握る彼にルート選択を委ね、ただひたすら走った。 「曲がるぞ」 「う、ぎゃ……!」 急な方向転換には体がぐるりと傾いて腕が引き千切れるかと思った。 「ぶつかるぶつかる!!」 細い道、台車で荷物を配達している配送業者さんに出くわした際は追突するかと思った。 「ぎゃあっ」 裏通りの水溜りを勢いよく跳ねる。 四方に飛沫が舞い、足元が派手に濡れた。 「もっ、もうむりっ、死ぬっ、おれの足っ、バラバラんなる~~……!!」 今にも足が縺れて転びそうになっている柚木、その一方で息切れすらしていない<マストくん>は愉快そうに笑う。 「バラバラになったら俺が掻き集めてやる」 ゼェハァしていた柚木は……彼の横顔に目を奪われた。 (マストくん、楽しそう) サングラスがずれ落ち、傾き始めた日の光に不敵に煌めく眼。 繋いだ手と手から、自分の何もかもが別格のアルファに奪われていくような気がした。

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