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「……あれ?」 突然、足を止めた阿弥坂に柚木は首を傾げた。 <マストくん>は止まらず、どんどん開いていく距離。 しかも彼女は横手の路地裏へと入っていき、行き先を違えたではないか。 これまでの徹底した追跡ぶりを思うと俄かには信じ難い行為だった。 「待って、マストくん、ストップ」 「なんだ」 「阿弥坂さんが別の方向に行っちゃった」 「好都合だ」 「いきなり脇道に入るなんて、なんか気になる、今すぐ戻ろ」 「嫌だ」 自分を肩に担いだままどんどん先へ進む彼の背中を、柚木は、ポカポカ叩く。 「じゃあ下ろして、おれ一人で戻る!」 「あの女が気になるのか、柚木」 ゆっくりと日が落ちていく。 けばけばしい看板や建物の壁面が夕日に染め上げられていく。 昼から夜に近づき、寝とぼけていた夜行性の街に徐々に息が吹き込まれていく。 「オメガヘイトでアルファの女王サマ。貶されたし、怖いし、おっかないよ」 『ヘラヘラしている貴方のことが何よりも疎ましくて嫌い』 (しかも真っ向から嫌われてるっていうね) 「でもさ、おれのこと助けてくれたんだ……あ」 くるりと回れ右した彼に柚木は慌てて体勢を立て直した。 「今は気分がいいから言うこと聞いてやる」 腰に腕を回し、少しもペースが崩れない足取りで来た道を戻る<マストくん>にほんわかとしてしまう。 いつもより近くに感じる頭を猛烈にイイコイイコしたくなった。 (……大豆じゃないんだから……) 「……今、マストくん、気分いいんだ?」 「閉じ込められてた分、好きなだけ喰って、走って、気分がいい」 (……お昼寝したらほんとに比良くんに戻るんじゃないのか、これ……)

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