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投げ落とされた男は叩きつけられた衝撃で口をパクパクさせている。 頭からではなく背中を打ちつけて相当なダメージを受けたようだ、すぐに起き上がるのは困難そうである。 (自分より大きな相手を一瞬で投げ飛ばした) 両足を開いて立つ、ストレートの黒髪をぐっと掻き上げた阿弥坂に柚木は釘づけになった。 <マストくん>の制服シャツを思わず握り締め、アクション映画張りに華麗に投げ技を決めた彼女に圧倒された。 (あ) 矢庭に見開かれたへっぽこオメガの奥二重まなこ。 仲間を一瞬でKOされ、それまでニヤニヤしていたベータ男が激昂し、近くにあった立て看板を両手でむんずと掴んだ。  阿弥坂は背を向けていて気づいていない。 「阿弥坂さん後ろ!!」 そう叫ぶのと同時に<マストくん>の肩から飛び降りた。 「おい、柚木」 無関心を突き通していた彼の呼びかけを無視し、マンホール蓋に着地するなり、正にピンチであるクラスメートの元へ柚木は駆け寄ろうとした。 (あんなの直撃したら……!!) 華麗に技を決めた阿弥坂だが、アスファルトに頭部を打ちつけないよう、的確な手捌きで調整していた。 立て看板を持ち上げた男にそんな慈悲も判断力も欠けているのは誰の目にも明らかだ。 柚木は、じっとしていられなかった。 特に何ら対策も持ち合わせずに、お人よし精神の赴くまま、無鉄砲に動いた。 その結果。 べしゃ!!!! 勢い余って思いきり転んだ。 しかも特に何もないところで。 転んだショックに打ちひしがれる暇もなく鼓膜を劈いた、けたたましいノイズ。 ブン投げられた立て看板が阿弥坂に俊敏にかわされて自販機に激突した音だった。 「何してるの、歩詩」 アスファルトに俯せに倒れ込んでいた柚木は、凄まじくきまりが悪そうに顔を上げる。 真正面で仁王立ちしている女王サマと目が合うと、限界まで首を縮めたい思いを堪え、エヘヘと笑った。 「ヘラヘラしないで」 (……強過ぎです、女王サマ……) もちろん悠長にはしていられなかった。 立て看板を阿弥坂にぶつけ損ねて怒りを増幅させた男が腹いせに自転車を蹴っ飛ばし、二人の元へ向かってくる。 情けなくも俊敏に立てずにオロオロしている柚木の前で阿弥坂は身構えた。 「お前のせいで柚木が転んだ」 怒れるベータ男が二人の元へ到着するよりも先に。 <マストくん>がベータ男の元へ到着した。 到着するのと同時にその腹を一切の躊躇なく蹴り上げた。 「お前の一片(いっぺん)残らず皆殺しにしてやる」

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