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「私が比良クンの腕を折るわけないじゃない」
阿弥坂はせせら笑う。
彼の片腕を解放し、意識を失っているのを確認すると「絞め技でも使ったみたいに綺麗に落ちたわね」とおっかないことを口にした。
「何はともあれ。立派な正当防衛よ」
ビルとビルの間に覗く狭い空。
溶け合う茜色と水色の中をカラスが泳いでいく。
ポリバケツを投げつけられてゴミ塗れになったものの、唯一無傷のベータ男が逃げ出そうとすれば、阿弥坂は間髪入れずに命令した。
「逃げるならこの二人も連れて行きなさい」
それぞれのアルファに打撃を喰らった二人は、すっかり戦意喪失して地べたに這い蹲っている。
<マストくん>の殺気に中てられたのも大きな一因だろう。
「行くわよ」
倒れている比良の体を背負おうとした阿弥坂に柚木は慌てふためいた。
「おれがやるよっ」
「歩詩には無理」
「じゃっ……じゃあ……せめて二人で……」
「却って危ない。貴方の助けはいらない」
へべれけ状態から脱した柚木は手も足も出ず、彼女が自分より大柄な体をおんぶするのを心配顔で見守った。
「弁償しないと。あのサングラス、技をかけたときに落ちて壊れたわ」
アスファルトに落下して壊れたサングラスのなれの果て。
<マストくん>とのデートの思い出の結晶を、柚木は、タオルハンカチに包んでトートバッグの底に仕舞った。
「弁償は大丈夫、それより、阿弥坂さんの帽子……」
「クズの手垢がついたからもういらない」
「さ……左様でございますか」
「こんなにも不愉快な場所に長居は無用。さっさと脱出するわよ」
絶えず陰影に巣食われ、一足先に夕闇が訪れる、歓楽の臭気がこびりついた路地裏。
格の違いを見せつけられて矜持を粉々にされた男共を残し、柚木達はラブホ街の本通りへと戻ってきた。
次から次に灯り始めるネオン。
一時 の諍いなど、どこ吹く風で夜の気配に浮き足立つ軽薄で甘えたな街。
「阿弥坂さん、あの、今からどこに行くんでしょーか?」
比良の体を背負った阿弥坂は、ツナギのポケットから器用に携帯を取り出し、タクシーを呼ぶ前に柚木の質問に答えた。
「私のホテル」
(わ・た・し・の・ホ・テ・ル)
さすが、阿弥坂お嬢様、一回くらい言ってみたい!!
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