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阿弥坂の指示通り、雫一滴残さずに磨かれていたパウダールームで柚木は心苦しそうに傷口を洗った。 「えーと……あれれ……うーん?」 大きめのカットバンを肘に貼ろうとして、何せ不器用な手前、うまくいかずに苦心していたら。 「遅いわね」 いきなりガチャリと扉が開かれて危うく絶叫しそうになった。 「保健委員のくせに貼り方もわからないの。やってあげるからこっちに来て」 (恐れ多くて余裕で結構なんですけど) しかしお断りするのもこれまた恐れ多く、女王サマのお言葉に甘んじて柚木はパウダールームを後にした。 「わ!」 開け放たれたカーテンの向こう、窓いっぱいに広がる夕景に無邪気に感動する。 「わ~~」 「わ~~、じゃない、早くそこに座って」 傷は浅く、指差された肘掛け椅子に柚木が座れば、傍らに跪いた阿弥坂は奪い取っていたカットバンをてきぱき貼った。 「ありがとう、阿弥坂さん」 すっと立ち上がった彼女は向かい側の椅子に腰かけた。 せめぎ合う夕日と宵闇、光り瞬く街明かりに視線を走らせる。 長い黒髪がさらりと流れた。 「散々な一日だった」 「ご、ご苦労さまです……ううん、ほんとにありがとう! 阿弥坂さんがいなかったら! どうなってたか! そうそう、あの投げ技すごかった! あれって柔道とはちょっと違うよね? あ、空手? 少林寺拳法!?」 「スラングを言われたら、あんな気持ちになるのね」 「……」 「今更、謝らないけど」 椅子の上で縮こまる柚木に阿弥坂は言う。 「歩詩を見てると世界で一番嫌いなオメガを思い出すの」 (そ、それはまた……痛烈なお言葉です、女王サマ……) 「私のママ」 限界まで縮こまりかけていた柚木は耳を疑う。 アルファオンリーのアルファ系家族だと思っていた阿弥坂の母親がオメガだと聞かされ、まさかの事実に思わず黙り込んだ。 「私のママは非力で無責任で根性ナシで。いつだってヘラヘラしてた」 『お母さん、あの人と貴方を支えるには弱すぎた。駄目な母親でごめんなさい、』 「私とパパを置いて家から出ていった」 阿弥坂の母親はオメガ女性だった。 阿弥坂が小学校に入ったばかりの頃、番として結ばれたはずのアルファ女性と別れ、家庭から去っていった。 「今でも大嫌い」 (……次にヘラヘラしたら、おれ、投げ飛ばされる……?)

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