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19-1-比良くんとデート
夜の帳に街がゆっくりと包み込まれていく。
「きれいだなぁ」
窓際の肘掛け椅子にちょこんと座った柚木は、なかなかお目にかかれない角度からの夜景にのほほん見惚れていた。
快適な室温に保たれた空調。
空気清浄器の稼働音が静寂を僅かに震わせている。
時折、廊下を過ぎゆく宿泊客の笑い声や話し声が聞こえてきた。
「よいしょ」
半分近く飲んだミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに下ろし、柚木は、ベッドへ歩み寄った。
仰向けに横たわる比良の寝姿に胸がミシミシと軋み、慌てて押さえる。
(と……と……ととととと……!!)
「尊い」という言葉も頭の中で発せないくらいに整った寝姿だった。
(これ、あれだ、眠れる森の美女ならぬ美男子だ)
長身の比良が悠々と足を伸ばしてもまだ余裕のあるベッド。
床に座り込んだ柚木は照れながらもその寝顔を見つめた。
(学校の空き教室で膝枕したときとはまた違う感動……!)
横から見ると際立つ、すっと通った鼻梁のライン。
健康的で自然な色味の唇は薄く開かれている。
浮き出た喉骨の凹凸にそこはかとなく漂う、高校生らしからぬ色気。
(やばぃいいぃいぃ゛)
最早、柚木はただの不審者に成り果てた。
申し訳ないと思いながらも滅多にない機会、空き教室ではなるべく守っていた自制心を放棄し、自分の鼻息が荒くなっているのも気づかずに比良の寝顔をガン見した。
(これは国宝級を超えてる、世界遺産級だ、間違いない)
まるで映画かドラマのワンシーンであるかのように寝姿も様になる、演技中の俳優張りに目映い寝顔で眠る別格のアルファ。
へっぽこオメガは夜景以上にうっとり見惚れた。
贅沢な眺めに酔い痴れた。
(比良くん、今日はデートに誘ってくれてありがとう)
ほとんどマストくんだったけど、お母さんもいたけど、緊張したけど。
一緒にお昼ご飯食べられて楽しかったよ?
「エビ天、ほんとにおいしかったなぁ」
ロマンチックなムードからは程遠いエビ天の感想を述べ、一向に見飽きない眠れる横顔にひたすら視線を注いでいたら。
おもむろに比良の目が開かれた。
長い瞬きを一つし、衣擦れの音を立てて寝返りを打ち、真白な枕に片頬を沈める。
硬直していた柚木は、彼と目が合った瞬間、闘争本能ならぬ逃走本能に突き動かされた。
寝顔をガン見していた自分を恥じて直ちに逃げ出したくなった。
『目が覚めたとき。そばにいてくれた柚木はいつも素っ気なく離れていく』
しかし、以前に自宅で言われたことを思い出し、耐えた。
かたまっていた表情筋をギギギ……と一生懸命動かして比良に笑いかけた。
「お……おはよ……比良くん……?」
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