145 / 333

19-2

<マストくん>は阿弥坂の固め技を喰らって眠りに落ちたように見えた。 が、食べて走って蹴っ飛ばしてキスをして、部屋に閉じ込められていた鬱憤を晴らした彼は、すでに粗方満足していたのだ。 女王サマの技が華麗にキマッたのは、そのおかげだった。 もしも満足していなかったら、まだまだ次に飢えていたら、どうなっていたか。 それは<マストくん>にしかわからない。 「柚木……」 目覚め立ての比良に呼号されて柚木はうんうん頷いた。 「うん、おれ、柚木だよ。具合どう? 大丈夫?」 「ああ……ここは……? 母はどこに……」 「ここはね、阿弥坂さんのホテル。お母さんは……えーと……その……」 「……阿弥坂のホテル……?」 驚くのも無理はない。 <マストくん>に体を乗っ取られている間、和食料理屋から大移動してオメガヘイトの女王サマのホテルにいるなんて、乗っ取られる前の<比良くん>には想像もつかなかった展開だろう。 「どうして阿弥坂が……それに、もう夜なのか……?」 ベッドの上で比良が上半身を起こす。 柚木はペットボトルを持ってくると、今は自分の飲み残しであることも気にしていられずに差し出した。 「はいっ、どうぞっ」 「ありがとうーー……」 受け取ろうとした比良の手が空中でピタリと停止した。 「柚木、ケガをしたのか?」 肘のカットバンが視界に入り、最悪な予感がさっと頭を掠め、彼は表情を強張らせる。 「また俺が傷つけたのか?」 「違う違うっ、これはほんとにおれのせい!」 「そうなのか……? 何だか節々が痛む……体を酷使したんだろうか」 「あーーーーー……街の中走ったり……後は……その……」 (阿弥坂さんにガチガチに固められたとは、さすがに言いづらい) 比良は口ごもる柚木をくすんだ眼差しで見つめた。 枕と同じく真白な羽毛布団のカバーに掌を這わせ、ぐっと、力をこめて押さえつける。 「比良くん?」 視線を逸らしたかと思えば、眉間に縦皺を寄せ、遣り切れなさそうに唇をきつく結んだ比良に柚木はピンときた。 (やっぱり相当痛むんだ) 阿弥坂さんには悪いけど正直に言おう。 阿弥坂さんに腕を引っこ抜かれそうになったって。 「比良くん、実はさーー」 「俺は今度こそ柚木のことを抱いたんだな」 柚木はポカンとした。 「マストになった俺は……柚木とセックスしたんだ」 (断じて違う!!!!!!!!)

ともだちにシェアしよう!