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「……ウヒィ……」 地上ぶっちぎりの推しの登場に柚木はあわや腰を抜かしそうになった。 「これって夢?」 「夢じゃない」 「はにゃっ」 イスの上から今にも転げ落ちそうになっているオメガ男子。 比良が教室に姿を現したとき、他のクラスメートも柚木と同様に驚いていた。 そうして驚きが喜びへ変わって駆け寄ろうとすれば、彼が口の前に人差し指をすっと立て、静寂を願うジェスチャーに皆が皆すんなり従った。 比良は教室に入った瞬間から柚木に視線を注いでいた。 ちょっとした悪戯心に駆られて、真っ先に駆け寄りたいと(はや)る気持ちを抑えて、愛しのオメガの元へ歩み寄った。 「面談室から終業式にオンライン参加していたんだ」 自分の目元をゴシゴシ拭っている柚木に比良は言う。 「どうしても教室に顔を出したくて。先生方に我侭をきいてもらった」 五月の化身よろしく、その懐に薫風を宿しているかのような涼やかなアルファ。 窓一面に広がる、アクリル絵の具のタッチにも似た鮮やかな青に積乱雲が引き立つ夏空まで従えて微笑んだ。 「球技大会準優勝おめでとう。この暑い中、放課後練習、一生懸命頑張ったんだな」 一ヶ月以上の日々を経て再会した比良にクラスメートはこぞってうっとりする。 「六月よりさらにかっこよくなってない?」 「かっこよさがカンストしてる」 クラス全体に向けてもいいお祝いや労いの言葉をピンポイントで捧げられた柚木は。 照れる余り、ぷいっと顔を背けた。 「ありがとう、です、比良くん」 汗ばむ首筋や耳元、聖域のうなじがほんのり紅潮していく。 視界に鮮明に映り込んだ、ほんの些細な移ろいに比良は密かに見惚れた。 「帰りのホームルームが済んだら話があるんだ」 何やら改まった物言いに、あわや、再び腰が抜けそうになった柚木だが。 「谷と阿弥坂」 比良が名指ししたのは二人のアルファだった。 呼ばれた当の二人は、一瞬、まるで無情な判決を下された被告人の如き顔色になった。

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