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「二人とも時間はあるか?」
谷と阿弥坂が無言で頷くと「よかった。無理を言ってすまない」と比良はスマートに感謝の意を述べた。
「みんなも元気そうでよかった」
声をかけられ、二の足を踏んでいたクラスメート達が比良をわっと取り囲んだ。
長袖の制服シャツを腕捲りした別格のアルファは頼もしい包容力で皆を迎え入れる。
かろうじてイスから転げ落ちずに着席のポーズを保っていた柚木は、逸らしていた視線を輪の中心へ投げかけた。
(あ、ほんとだ、かっこよくなってる……)
他のクラスメートと同じように惚れ惚れしているオメガ男子だが、皆と違い、七月中にも比良とは顔を合わせていた……。
「一学期最後の日をクラス全員で迎えられてよかった。それじゃあ、夏休みだからと言って日々怠けず、規則正しい生活を忘れず、自分に甘くなりすぎないように」
一学期最後の「起立・礼」が終わった。
その十分後。
「阿弥坂は柚木と随分親しくなったみたいだな」
比良と谷と阿弥坂、三人のアルファは三階の渡り廊下にいた。
(友達とごはん食べる予定だったんだけどな)
ベータの友人らと帰ろうとしていたら「柚木もおいで」と呼び止められ、学校に残ったへっぽこオメガの姿もあった。
開け放たれた窓。
裏庭ではセミの大合唱が休みなく続けられていた。
「歪んだ思想から脱却できてよかった」
夏の制服を規則正しく着用している阿弥坂は、始終にこやかでいる比良をやや緊張した面持ちで見返した。
「それはどうかしら。小学生の頃から傾倒している分、そう簡単には拭い去れないものだけど」
「それならどうして柚木のそばにいるんだ?」
「ただ面倒を見てるだけ。歩詩は目に余るの。放置するのも気が引けるくらいに……」
敬愛と羨望を捧ぐアルファに真っ直ぐに見据えられて、阿弥坂は、つい目を逸らした。
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