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21-10
谷と阿弥坂、二人のアルファはマスト化していない<比良くん>に対して畏怖の念を抱いた。
自宅に泊めると聞かされて動揺しているところへ畳みかけて牽制してきた、別格のアルファの防御不可能な眼光に完敗した。
(さっきの写真、数学の方程式がいっこも理解できなかったときかな)
一方、アルファ同士の密かなバトルに全く気づいていない柚木、カッコワルイ瞬間を撮られてしまったと内心しょ気ていた。
(それにしても、比良くん、いつまでおれの肩を抱いてるんでしょーか)
谷くんや阿弥坂さんの前だし、なかなか恥ずかしいんですが……。
「柊一朗?」
渡り廊下に流れていた束の間の沈黙が破られた。
我が子を探しにやってきた櫻哉であった。
いつになく緊迫した呼び声に、普段は冷静沈着そうな保護者に何かあったのかと柚木は小首を傾げた。
「……ああ、柊一朗でしたね」
「どうもこんにちは、お母さん」
「こんにちは、柚木君。こちらの二人は……阿弥坂さんと谷君ですね」
我が子のクラスメートの顔と名前を把握している櫻哉に挨拶されて、谷と阿弥坂は言葉少なめに頭を下げた。
「これから職員会議があるそうなので、手短に挨拶を済ませてきました。そろそろ帰りましょうか」
「わかりました」
「皆さん、よろしかったら車で送っていきましょうか?」
櫻哉の申し出に谷は「いーえ、とんでもないです」と首を左右に振り、阿弥坂も丁重に辞退した。
まだ比良に肩を抱かれている柚木に二人はそれぞれ声をかける。
「ユズ、寝惚けて明日学校来るんじゃねーぞ」
「夏風邪なんか引いたら承知しないんだから」
教室を去ろうとも学校のトップに依然として君臨する別格のアルファには、何も言えず、彼らはその場を立ち去った。
「一瞬、マストになったのかと思いました」
谷と阿弥坂の背中を見送っていた柚木は櫻哉の呟きにキョトンとする。
「そうですか。お母さんの勘違いでしたね」
涼しげな顔をした比良は窓ガラスに映る自分をチラリと見、小さく笑った。
「柚木は乗っていくだろう?」
「え! おれは、その、えーと!」
「遠慮しないでください、柚木君。明日の件でお家の方にもう一度ご挨拶がしたかったので」
「は……はぃ……」
友人とのランチを断念し、徒歩圏内にある自宅まで櫻哉に送ってもらうことにした柚木だが。
「他のアルファとは打ち解けないでほしい」
冷風の行き渡る快適なはずの後部座席で比良の嫉妬が炸裂し、狂おしい熱風に全身包み込まれたみたいになった……。
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