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「ーー夏休み前、九月の文化祭の出し物を決めるとき、比良くんのオンライン参加をどうするかって話が出たんだよ」
片づけを手早く終えた比良が運んできたのは丸皿に盛りつけられた二つのケーキ。
近くにあるパティスリーの人気商品らしく、明日の朝ごはん用にサンドイッチも購入しているとのことだった。
「その話は先生から聞いた」
「そうなんだ? 結局、どうするか決まった?」
「オンラインでも行事への参加はしないつもりだ」
ホットコーヒーを飲んでいる比良はあっさり回答した。
「そっか……」
柚木は氷を音立たせてアイスココアを飲む。
夜七時を過ぎて閉められた厚手のカーテン。
天井に埋め込まれたライトの半分が点されていた。
「レモンケーキ、さっぱりしてておいしい。ガトーショコラもしっとり甘くておいしい」
「柚木の口に合ってよかった。後でアイスも食べるか?」
「今日はもう大丈夫かな、おなかいっぱい」
お揃いのケーキを先に食べ終えた比良は、テーブルに頬杖を突くと、二つのケーキを交互に頬張っている柚木を真正面から堂々と眺めた。
気にせざるをえない柚木は口を尖らせる。
「そんなに見られたら食べづらい、です」
「そうか? 柚木、ケーキも美味しそうに食べると思って」
(極々普通に食べてるつもりなんですけど)
「……比良くん、十月の修学旅行、行きたかったよね」
自分の口元にくっついているケーキの欠片に気づいていない柚木は、フォークをぎゅっと握り締め、比良と視線を交わした。
「おれ、北海道のお土産いっぱい買ってくる。写真もいっぱい撮ってくる。帰ってきたら一番に会いにくる」
黒曜石の瞳が静かに見張られた。
最愛なるオメガの精一杯の思いやりを浴び、炭酸水が弾けるみたいに比良の胸の奥はパチパチと爆ぜた。
「ありがとう、柚木、とても嬉しい」
「ううん……」
「でもな。修学旅行に行けないこと、俺はそこまで残念には思っていない」
「はぇっ?」
柚木は素直に間の抜けた声を出す。
高校生活で一度しかない記念すべき修学旅行を足蹴にした……は大袈裟だが、飄々と軽んじた比良に動揺を禁じえなかった。
「比良くん……修学旅行だよ? 遠足じゃないよ? 五泊六日の北海道だよ!? ご当地ラーメン食べまくりだよ!?」
「北海道は魅力的だし、遠足だって嫌いじゃない。修学旅行自体、こんな事態になるまで楽しみにはしていた」
「それなら……ほ、ほんとはショック受けたでしょ? もしかして強がり言った?」
比良は笑う。
交えた視線はそのままに、不思議がっている柚木に淀みなく回答した。
「皆で行く修学旅行よりも。柚木がこうして家に泊まりにきてくれて、二人きりで過ごす時間の方が何よりも楽しくて満たされる」
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