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22-12
「柚木、そろそろお風呂に入ってくるか?」
動物番組が終わって入浴を促されたとき、柚木はテンパりそうになるのを必死になって堪えた。
ぎくしゃくしつつも平常心を装い、比良に丁重にエスコートされて奥の浴室へ。
「ここがトイレ、ドライヤーはこの引き出しにある、タオルはこの棚から適当に……一番上のタオルを使ってくれ」
事細かに説明してくれた比良が去った後、バニラホワイトをベースにした清潔感あるバスルームで適温の湯船に浸かった。
「ふぅ」
足を悠々と伸ばせるバスタブで柚木はちんまり体育座りした。
膝を抱いて薄明るい天井をぼんやり見上げる。
(どうしよう!!!!)
頭の中はやっぱりテンパっていた。
「お風呂から上がったら……もしかして……」
仄かな湯気の狭間に消えていく独り言。
今度は立てた膝に顔を埋め、やたら長いため息をついた。
(覚悟はしてきたつもりだった)
でも、やっぱり不安で堪らない。
怖い。
恐れ多い気持ちだって余裕である。
「幻滅されたらどうしよう」
壁面に取り付けられた縦長の鏡がバスタブの真ん中でひっそり不安がっているオメガ男子を映し出す。
「ま……まぁ……幻滅されて当たり前なんですけどね……」
マイナス思考に傾くだけ傾いて、自重の笑みすら浮かべる有り様であったが。
「あ……」
先に体と髪を洗い終えていた柚木は膝小僧の上でパチパチ瞬きした。
もぞりと顔を上げ、馴染みのない空気に満ちた比良家のバスルームにぐるりと視線を巡らせる。
テンパって五感まで鈍っていたようだ。
それまで気づかなかった。
比良から薫ったマリンムスクの香りに自分自身が包まれていることに。
(同じもの使ったんだから、同じ匂いがするのは当たり前なんだけど)
我知らず三十分ほどバスルームに長居している柚木は、バスタブの縁に両腕を乗っけて正面からもたれると、壁際に並ぶバスグッズを眺めた。
『好きだよ』
「おれも好きだよ、比良くん」
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