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学校手前の横断歩道で信号待ちしているときのことだった。 『あ』 ハンドルを握っていた櫻哉が声を上げた。 姿勢正しく助手席についていた比良も、視界に飛び込んできたその光景に少しばかり驚いた。 青信号を渡る歩行者にまじってノーリードの犬がとことこ歩いていた。 泥遊びでもしてきたのか、全体的に相当汚れている。 飼い主らしき人間は見当たらず、白線上を行ったり来たり、歩行者の中には目を留める者もいたが、学校や会社の時間を気にして素通りしていく。 疲れたのか、よほど肝が据わっていたのか。 首輪をつけた雑種らしき中型犬は横断歩道の真ん中で座り込んでしまった。 点滅を始める歩行者信号。 このまま発進できるはずもない。 『クラクションを鳴らしてみましょうか』 『俺が降りて歩道へ運びます』 『危ないですよ、柊一朗』 比良がドアハンドルに手をかけようとした、そのとき。 信号が変わろうとしている横断歩道に一人の少年が飛び出してきた。 道路上に丸まっていた泥だらけの犬を一切の躊躇なく抱っこすると、車道に向かってペコペコ頭を下げながら、駆け足で来た道を戻っていく……。 『同じ制服ですね』 『はい』 『ややサイズの合っていない寸法からして、入学式に一部参加する在校生ではなさそうですね。貴方と同じ新入生でしょう。ひょっとすると迷い犬を保護してあげたのかもしれません』 入学式が刻一刻と迫りくる時間帯にのんびりお散歩というのも考えにくく、櫻哉は尤もらしい推測を導き出した。 『そうですね……』 他の通行人が素知らぬ顔で目的地へと急ぐ中、横断歩道を渡り切った彼は泥んこまみれの犬に満面の笑顔を向けていた。 鼻先を舐められるとくすぐったそうに首を縮めた。 慣れた手つきで抱っこしたまま周囲をぐるりと見渡し、腕の中の犬に何か話しかけて、学校とは逆方向へ歩き出す。 青信号になって車が走り出すまでの数秒間。 比良はパワーウィンドウ越しに彼をずっと見つめていた。 遠ざかる姿を名残惜しげに視界に刻み込んだ……。 『なんで制服汚れてんだよ、どっかで転んできたのかよ』 『まぁ、そんなところ……です、ハイ』 同じ教室に彼はやってきた。 奇跡だと思った。 『少しも可哀想なことなんかじゃない』 居ても立ってもいられずに話しかけた。 彼に近づきたくて堪らなかった……。 「一目惚れだったんだ」

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