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26-1-最終章

そこは住宅街の一角にある広々とした児童公園だった。 日没に向かって緩やかに暮れていく夕空。 五線譜の如き電線に区切られたうろこ雲。 先程まで遊具や砂場に集まる小さなこどもら、散歩している住民の姿を見かけていたが、一人二人、ぽつぽつと帰り始めて今はただ秋風が吹き抜けていくばかりだ。 「誰もいない」 西日に色づく常緑樹や生垣の葉が囁き合う無人の公園に柚木はやってきた。 「クーン」 連れているのは大豆……ではない。 豆柴として親しまれている小型サイズで黒い毛色、姿形は非常によく似ているが。 「ごま(ろう)、今日は隅から隅まで公園探検できちゃうぞー」 着用させたハーネスにリードを繋いでいる愛犬のごま郎に柚木はセピア色の笑顔を向けた。 下校時の中高生と思しき溌剌とした声がどこからともなく聞こえ、フェンスの向こう側からは風に乗って近隣の家の晩ごはんの香りが漂ってくる。 「カレーかぁ、最近作ってないなー、来週にでも作ろーか」 影法師を引き連れて園内をのんびり巡る。 滑り台の下を潜り、ブランコの周りをぐるりと一周、東屋の横を通り過ぎて大中小サイズが並ぶ鉄棒のそばで足を止めた。 「いつの間にコスモス咲いてる」 淡いピンク色のコスモスが地面一帯に伸び伸びと咲き渡っていた。 ごま郎はフンフンと匂いを嗅ぎ、秋の訪れを満喫している愛犬の隣に柚木はしゃがみこむ。 「クンクン。コスモスの匂い、わかんないなー」 「きゅーん」 「ごま郎の好きな匂い?」 「わふっ」 「おはな。ぴんく」 「そー。ピンクのお花。白やオレンジもあるよー。秋に咲くコスモス」 「こすもす」 「そーそー。よく言えました」 ごま郎とは反対側の自分の隣にちょこんと立つ存在に柚木はうんうん頷いてみせた。 「かあいい」 「うん。かあいいねー」 「ぜんぶ、かぞく?」 「えーと、うん、そーだよ、きっと大家族だよ、多分」 「これ、まま?」 「そーそー」 「これ、ごまろ?」 「わんっ」 「そーそー、みんないっしょに仲よく咲いてる」 ごま郎は匂いを嗅ぐのに夢中になっている。 愛犬に倣ってコスモスに興味を抱いている、まだ小さな愛しい温もりを柚木は抱き寄せた。 「この一番ちっちゃいこどものコスモスが夕犀(ゆうせい)」 十月の親切な秋風に優しく撫でられているコスモスを前にして夕犀と呼ばれた彼は顔を輝かせた。 「こすもすのみんな、おうちつれてかえる」 「ひっ、だめだめっ、ちぎっちゃだめ!」 先月に三歳の誕生日を迎えたばかりの柚木のこどもだった。

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