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「柚木をここへ連れてくるのは初めてだな」 三十分ほどのんびり歩いて着いた先は児童公園だった。 寒々しい空の下、様々な鬼ごっこも可能とする広いスペースでは親子連れや小学校低学年らしき児童たちが思い思いに遊んでいる。 二人は公園のほぼ中央に位置する、木造のベンチが設置された東屋に落ち着いた。 「昔、父と遊びにきたことがある」 「わぁ。比良くん一家思い出の場所だ」 「遊びにくる度、ブランコに夢中になり過ぎて父は酔っていた」 「ふ……ふーん」 整然と刈られた芝生の上では若い男性と幼い女の子がしゃがみ込んで何やら観察に没頭していた。 (お父さんかな、もしくはおれと同じオメガでお母さんかも) 翳る東屋の中から仲睦まじい親子連れを眺めていた柚木は、ぼんやりしていた瞳にはたと力を込めた。 隣に座る比良に勢いよく目をやる。 ベンチに無防備に置いていた手を上から力強く握られ、なかなか長い散歩で上気していた頬を一段と赤らめた。 「柚木」 最愛なるオメガの名を呼んで比良は微笑んだ。 ゆったりサイズでざっくりした編み目のグレーのカーディガンを羽織った彼にじっと見つめられ、スタンドカラーのジップアップジャケットを着込んだ柚木は閉口する。 (冬の比良くんはシチューのCMに最適だ……) 「あの親子を見ていたな」 「あ……うん」 「彼は柚木と同じ。オメガだ」 「そーなんだ。よくわかるね」 「女の子はアルファだ」 冷たい外気と肌身が隣り合う中、片手を包み込む比良の掌の温もりにそわそわしていた柚木はさり気なくまた親子連れを見た。 芝生に紛れる虫を果敢に捕まえようとしているアルファの女の子、明らかに焦っているオメガの青年につい吹き出した。 「楽しそうだな」 「そだね」 「俺と柚木のこどもはどんな風に成長するだろう」 「え゛!? う゛ッ!! ごほぉ゛!!」 柚木は派手に噎せた。 数メートル先にいる親子連れが振り返り、慌てて全力で顔を逸らす。 (おれと比良くんのこども!?) そんなの考えたこともない。 まだ高校生だし、まだ……アレも来てないし。 (おれと比良くんのこども) 高校の卒業式が終わったら比良と番になる約束をしている柚木は、自分の手を握ったまま親子連れを眺めている彼に胸を焦がした。 (……いやいや、現実味ゼロ、余裕でピンとこない) 「にゃこ、にゃこ、にゃこ」 フェンスの上を器用に歩く猫を指差して連呼する夕犀に柚木は吹き出した。 「あはは、ネコとニャーがごっちゃになっちゃってるよ?」 「にゃーこ」 「ほら、にゃーことコスモス一家にバイバイしよーか」 「ばいばい」 アルファである一人息子の手を引き、ごま郎のリードを握って鉄棒ゾーンから離れる。 現在はテーブルも備わっている公園の東屋に目を向け、柚木は、ありふれた愛おしい思い出が息づくベンチにくすぐったそうに笑みを零した。

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