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春の始まりとはいえ冬の落とし物があちこちに散らばる三月初め。 ピアノ演奏によるパッヘルベルのカノンに出迎えられて体育館へ入場した卒業生一同。 多くの保護者が参列し、一部の在校生も同席する中、厳かに始まった高校最後の行事。 (大変、緊張するのですが……!) 粛々と張り詰めた空気に序盤は緊張していた柚木だが、式が進行するにつれて他愛もない高校生活の思い出が次から次に蘇り、泣いた。 座り心地がイマイチなパイプ椅子から起立して校歌斉唱に至る終盤では涙がピークに達した。 「ぷひっ」 子豚みたいな泣き声にクラスメートの一部は笑いを堪え、一部がつられて泣き出し、他のクラスと比べて涙する生徒の比率が高くなった。 「ふぐぅっ……ぷひぃ……」 「ぶふっ」 「もう勘弁してくれ、ユズくん」 泣きながら歌っている柚木に近くにいた数人がとうとう吹き出す。 へっぽこオメガは慌てて目元をゴシゴシし、後少しで終わる校歌斉唱に集中しようとした。 「泣き虫」 柚木は顔を上げた。 昨日の予行練習のときに横にいた人物とは違う、特別措置として自分の隣に急遽配されたクラスメートを揺らめく水面じみた視界に映し込む。 (あ) 彼はステージに真っ直ぐに顔を向けていた。 頭上の窓から差す柔らかな日の光を浴び、陽だまりで微睡むように瞼を半分閉ざし、密やかに悪戯っぽく笑っていた。 柚木は彼の大きな手をぎゅっと握った。 もう片方の手で零れてくる涙を何回も何回も拭う。 別格のアルファを隣にし、音楽の授業で暗記させられた校歌を怪しい音程と呂律で最後まで何とか歌い切った。 (いつでも帰ってきていいよ、ずっと待ってるから) 想いが伝わるよう、その手をずっとぎゅっと握っていた。

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