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夕焼けに染まった空の彼方。 宵の明星につられて星々が輝き出し、秋の星座による物語が紡がれていく。 「りーりーりー」 「そうだね、秋の虫が鳴いてるんだよ」 「にゃーーーこ」 「うん。猫も鳴いてるね」 比良は心理カウンセラーになった。 第一志望だった大学の心理学部臨床心理学科を卒業すると大学院に進学し、在学中に受験資格を得て公認心理師試験に臨み、合格、心理職に採用されるのに有利な国家資格を取得した。 「りーりー、にゃーにゃー、なくの、どうして?」 「好きな人を呼んでいるのかもしれないね」 修士課程を修了して就職した先は両親が在籍する国立大医学部に併設された心理教育相談センターだった。 幅広い年齢層の来談者にカウンセリング・心理検査などを行う相談業務につき、二十九歳になった現在では非常勤のスクールカウンセラーとして地域の学校に週に一度派遣されてもいる。 在職中に臨床心理士の資格もとっていた。 (スクールカウンセラーかぁ) 一方、比良と同じ大学、同じ学部の人間科学科に無事合格していた柚木は、ちょこちょこバイトもしつつ四年間勉学に励んだ。 大学院に進むのは断念した。 大学生活後半から心理職に絞った就職活動を開始し、インターンシップにも積極的に参加したが、無資格なおかつオメガは不利だというシビアな職場環境を連続して突きつけられ、挫折。 単位を修得していた司書の資格を活かす方向に変え、卒業後は小学校から大学まで広大な敷地内に有する学校法人に就職、私立学園の図書室業務に契約社員として従事した。 『ユズくんはオメガなんですか?』 『ベータだと思ってました』 『恋人いるなんて意外ですね』 図書館を利用しにやってくる初等部のアルファ性児童に頻繁に取り囲まれたものだった。 (でも楽しかった) まー、どっぷり落ち込んだり逃げ出したくなることもありましたけど。 階層に(こだわ)っていたインターン先よりは遥かにマシだった。 それに、だだっ広いカフェテリアのごはんがそりゃもーおいしいのなんの。 サツマイモサラダもビーフシチューも捨て難いけど、やっぱりエビ天うどんが最強だった!! 『ユズさん、また同じの食べてる』 『冒険しないねー』 『僕のスペシャルランチ(手作りサンドイッチ)、どれか一つあげてもいいですよ?』 やたらキラキラしたアルファ性の大学生にもちょっかいを出されたものだった。 (またいつか行きたいな) 新卒で始めた仕事は年に一度の契約更新を二十五歳でストップし、勤続年数三年で退職した。 「ままー」 隣を歩く比良に抱っこされた夕犀が手を伸ばす。 両手が塞がっている柚木は掌に頭を擦りつけた。 「まま、ごまろ、みたい」 「わっ……わんわん!」 比良が仕事に就いた時点で二人は結婚した。 砂糖菓子並みに甘い新婚生活を経て翌年の春先に妊娠が判明し、柚木は三月末で仕事を辞め、やがて九月に夕犀を生んだ。 「まま、なでなで」 ぱっちりした黒曜石の瞳が愛くるしい、父親似の目鼻立ち、おっとり優しい性格をしたアルファ性の一人息子。 (夕犀って、なんでこんなにこんなにかわいいんだろ!?) 親ばかっぷりに日々磨きをかけ、精悍さが増していく旦那様に日々惚れ込む専業オメガママなのであった。

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