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「君の鼻にもついてるよ」
「ほ……ほんとれすか」
「とってあげたいけれど、今それをやると歯止めが効かなくなりそうだから、自分で処理してくれるかい」
「しょっ、処理しますっ、直ちにっ」
深まりゆく秋の夜長。
囁きで交わされる会話が消灯された廊下の暗がり、キッチンの隅に蹲る薄闇を震わせる。
リビングの一角に設置されたケージに自ら入ったごま郎はお気に入りのふかふかタオルの上で丸まり、眠りについた。
「おやすみ、ごま」
室内を照らしていた明かりが一つ減らされる。
マンションの近くを走り去っていくオートバイのエンジン音が尾を引いて、程なくして消えた。
デザートの時間を終えた二人は何とはなしに寝室を覗いてみた。
同じショップで購入したシングルとダブルのベッドを繋ぎ合わせた親子の寝床。
夕犀はそのほぼ真ん中で眠っていた。
聞こえてくる小さな寝息に柚木と比良は揃って笑みを零す。
「柚木と出会って、これ以上の幸運なんてないと思っていた」
熟睡している夕犀から隣に立つ比良へ、柚木は視線を移し変えた。
「比良くんと出会って、もう十年以上経つけど」
眠れる我が子を微笑ましそうに眺めていた彼は愛しのオメガを見下ろす。
「なんか、まだ始まったばかりかもしれないね、おれたち」
「ああ。そうだな……」
肌寒い秋夜の片隅で番の二人はキス……すると歯止めが効かなくなる恐れがあるため、手を繋いだ。
くすぐったそうに笑い合い、二人して再び夕犀に視線を傾け、何物にも代え難い幸福を共有した。
(まだまだ、これから)
憧れだったクラスメート。
今は伴侶となったアルファと交わす温もりに心の底から柚木は安堵する。
聖域ではなくなったうなじ。
別格のアルファに刻みつけられた目に見えない誓いの痕を仄かに疼かせた。
「……やっぱり我慢できそうにない」
(あれっ?)
一目惚れした初恋相手のオメガに生涯一途な比良は堪えきれず……そのほっぺたにキスした。
「続きは週末に」
すぐに顔を離し、手は繋いだまま、夕犀が自分の両親のところへ遊びにいく予定にしている今週末の約束をさり気なくとりつける。
(……比良くん、落ち着いてなかったみたいだ……)
軽やかな口当たりの赤ワインで火照っていた柚木の頬は、妻への愛情に従順な唇のおかげでさらに上気した。
先程よりも熱せられた眼差しで自分を一心に見つめてくる比良に「ダンナ様こそ……煽りまくりなのですが……」と成す術もなく照れた。
たとえ番になろうと。
アルファはオメガをいつまでも求め足りないようだ。
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