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新入生にとって高校の初イベントとなる学年別遠足。
一年生の行き先は水族館であり、前日の夜から浮かれていた柚木は始終ハイテンションだった。
「見て見て! ペンギンのお腹!」
「ペンギンの腹なんか見たって面白くもなんともない」
「わ! エイに顔あるよ!? なんか笑ってない!?」
「エイの鼻の穴なんか見て、よくそこまではしゃげるな」
「あー! ラッコだ!」
海の中を彷彿とさせるブルーの照明に満たされた館内。
クラスメートの眞栖人と回っていた柚木は、幼児顔負けのテンションでラッコのプールに舞い上がる。
金曜日、他校の遠足とかち合ったようで十代の若者がやたらと多く、午前中の水族館は程々に混んでいた。
「うろちょろして迷子になるなよ」
キャップをかぶり、ヴィンテージ感漂うブランド物スタジャンを着こなした眞栖人はトイレへ、残された柚木は幼児扱いに不満そうにするでもなくラッコに夢中になった。
「あ、ユズくんだ」
「もうすぐイルカショー始まるってよ、行かないの?」
ベータ性のクラスメートに声をかけられると「おれっ、ラッコのおやつタイム見たいっ」と幼児まんまの返事をして失笑を買っていた。
(イルカもいいけどさ、やっぱりラッコだよ、ラッコ)
家族連れのこどもらにまじってスイスイ泳ぐラッコを目で追う。
好奇心旺盛なこどもらが別の水槽に移動していく中、チェックのネルシャツにジップアップパーカーを着込んだ十五歳の男子高校生はラッコの展示プールに長々とへばりついていた。
「顔ゴシゴシしてる、かわいいっ」
ついには独り言まで連発し、近くにいたカップルにクスクス笑われる始末だ。
「あ」
愛くるしいラッコの姿を堪能していた視界が、ガラスに映り込んだ彼を捉えて、柚木は振り返る。
「ほら! ラッコ!」
わざわざご丁寧にラッコを紹介された彼は微笑んだ。
「あれ、顔ゴシゴシしてるの、なんでか知ってる!?」
彼が首を左右に振れば、柚木はさも得意気に「おてて、あっためてるんだよ!」と幼児ばりに力いっぱい報告した。
「そうなんだ」
彼の腕をグイグイ掴み、もっとガラスに近づけてラッコ観察を促してから、はたと気がつく。
「眞栖人くん、キャップ落とした? てか着替えてきた?」
スタジャンを羽織っていたはずが。
ブラックとオフホワイトでまとめたシンプルなモノトーンコーデに変わっていた彼に柚木はきょとんとした。
「まっ、まさかどこかの水槽に落ちた!? 鮫に咬まれた!? だから何か元気ないの!?」
いつになく落ち着いた物腰、柔らかな表情、穏やかな声。
姿形は同じなのに中身がすげ替えられたかのような。
「もしかして具合悪いとか!?」
背伸びした柚木は彼の顔を両手で挟み込んだ。
「大丈夫!? 医務室行く!?」
本気で友達の心配をしていた柚木は、顔にあてがった両手に両手を添えられて奥二重まなこをパチクリさせた。
「心配してくれてありがとう」
真摯な眼差しを一身に浴びて。
胸の奥が痛いくらいに軋んだ。
教室では不敵で傲慢で辛辣、でもいざというときは頼りになる、高校生活の始まりにしてアルファ・ベータ・オメガの第二の性を問わずに多くの生徒から慕われている眞栖人。
入学式の日、一緒に泥だらけになって迷い犬の飼い主を探し、クラスで一番親しい存在になったアルファ。
(眞栖人くんってこんなだったっけ……?)
急に早くなった鼓動に混乱しつつも彼と視線を重ねていた柚木は。
「柚木」
本物の眞栖人が現れて……絶句した。
ガラスの向こう、せっかくそばにやってきてくれたラッコに気づく余裕もなかった。
「驚かせてごめん」
近くにいた客の注目を眞栖人と共にビシバシ浴びていた彼は、比良柊一朗は、おばけでも見たみたいにかたまっている柚木に謝った。
不要なまでに眼光を研いでいる片割れをチラリと見、柚木達と同じく遠足で水族館を訪れていた他校のアルファは心優しきオメガに笑いかける。
「俺は眞栖人の双子の兄なんだ。名前は比良柊一朗。どうもはじめまして、柚木」
それが柚木と比良の出会いだった。
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