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「そ、れは……タイミングが……」
「今から行ってもいいか?」
「え!? いやいや!? みんなの心の準備もあるし!!」
(いきなりウチに比良くん連れていったら、大豆以外、失神するかも)
「眞栖人に心の準備はいらないのか?」
「眞栖人くんが来るときはウチに誰もいないから、お母さんは仕事で、おねーちゃんはバイトだったりするし」
「家に二人きりなのか」
「? 大豆もいるよ?」
ひたすら眩い黒曜石の瞳にどぎまぎしつつ柚木が答えれば、比良は短い沈黙の後に問いかける。
「柚木、番の相手が見つかったこと、家族に報告したか?」
柚木は言葉に詰まった。
わかりやすいリアクションに比良は微苦笑する。
(だって、まだ高校生なのに、恋人だっていたことないのに)
番の相手と出会いましたエヘヘ、なーんていきなり報告したら、それこそ家族みんな失神するかも。
それとも、もしかして、喜んでくれるかな?
『歩詩がオメガだってこと、忘れそうになっちゃうな』
『そうねぇ。なんだかねぇ』
『いいじゃないか、健康でいてくれるのが一番だよ』
『わんっ』
(家族でもオメガだって忘れそうになる、ありきたりな地味息子が絶世男前のアルファと番だって知ったら、嬉しく思ってくれるかな?)
ベータである家族との些細な遣り取りを思い出していた柚木は。
突然、有無を言わさず比良に抱き寄せられて心臓が暴発するかと思った。
直後、二人のそばを危うい運転で擦り抜けていった自転車。
「柚木にぶつかりそうだった」
ベルを鳴らして歩道を突き進む自転車に比良は眉を顰める。
肩にしっかり腕を回され、彼の懐に片頬が着地した柚木は一瞬にしてすっかり逆上せていた。
(あああああああ)
心の声まで語彙力を失い、地味にテンパっていたら、比良に顔を覗き込まれた。
「柚木、自転車が掠らなかっただろうか、大丈夫か?」
(ああああああああああああああ)
「ああああ……」
「?」
「あ! だ、大丈夫……平気平気……なんのこれしき……へっちゃらへっちゃら……」
真っ赤になった顔を咄嗟に伏せ、しかし火照った耳は隠せずに、柚木はもごもごもごもご回答した。
眠りについた白昼の街灯の下、比良は密やかに微笑する。
いつまでも懐に閉じ込めていたいオメガから、名残惜しくも、ゆっくりと離れた。
「近々、柚木の家族に会いにいきたい」
赤くなった顔に気づかれないよう、ラッコみたいに頬に両手を当てていた柚木は頻りに瞬きする。
「そのとき一緒に報告しよう」
(それって、なんかもう、結婚報告みたいでは……?)
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