266 / 333
4-3
ドアに背中を向けていた柚木は反射的に頭上を仰ぐ。
阿弥坂に向けられている黒曜石の瞳を見、ほんの一瞬だけ息を詰まらせ、そして口を尖らせた。
「おれっ、そんなおっきな声出してない!」
「今出してるだろうが」
「っ……なんだよ!」
憤慨している柚木と淡々としている眞栖人に、タイトな黒セーターを着た阿弥坂は「歩詩クンにちょっと意地悪してたの」と余裕ありげに割と真実を述べた。
「意地悪なんかしたら泣き出すぞ、こいつは」
「なんだよー!」
「そうね。この辺でやめておいてあげる」
阿弥坂は長い髪をサラリと靡かせて自分の教室へ戻っていった。
(アルファの女王サマに双子二股の疑惑をかけられてしまった)
そんなことしない。
するわけない。
「貴重な昼休みが無駄になる」
柚木は我に返った、素っ気なく教室のドアを閉めようとした眞栖人のセーターを慌てて引っ掴んだ。
「ま、待って待って!」
「何だよ、全力で引っ張るな、伸びる」
「あっ、あのさ、ほっ、ほっ、ほっ」
「ほっ、ほっ、ほっ?」
柚木は口をひん曲げる。
どうして今日一度も会いにきてくれなかったのか。
胸に抱いていたはずの疑問よりもホテルに行くのか、行かないのか、今はそちらの回答が気になって仕方なくて。
初心オメガにとって過激な話題であるだけに口にしづらく、ただただ眞栖人を真っ直ぐに見上げた。
精一杯な眼差しを捧げられた眞栖人は、ほんの一瞬、昼休みの喧騒を忘れた。
「……お前は雨の日に段ボールの中に置き去りにされた捨て犬か」
デコピンされた柚木はぎゅっと目を瞑る。
「痛いッ」
教室のドアを後ろ手で閉めると、こどもみたいに痛がっている柚木の肩を抱き、廊下の窓際へ。
閉じられた窓に背中を軽く寄りかからせ、ネイビーのセーターを腕捲りして俯き気味に両腕を組んだ。
「飯食ったのかよ」
まだジンジンする額を押さえた柚木は彼の向かい側に立つ。
「うん、食べた」
「三限の世界史、テスト返ってきただろ、どうだった」
「黙秘します」
「お前な。俺がヤマ教えてやったっていうのに」
「ヤマが多すぎて全制覇できなかった」
「暗記できなかったって素直に言え」
これまで休み時間にしてきたような他愛ない話を交わす。
傍目には昨日と変わらない眞栖人だが、柚木の目にはどこか違って見えた。
「どこが」と問われると回答に窮してしまうのだが……。
ともだちにシェアしよう!