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ドアに背中を向けていた柚木は反射的に頭上を仰ぐ。 阿弥坂に向けられている黒曜石の瞳を見、ほんの一瞬だけ息を詰まらせ、そして口を尖らせた。 「おれっ、そんなおっきな声出してない!」 「今出してるだろうが」 「っ……なんだよ!」 憤慨している柚木と淡々としている眞栖人に、タイトな黒セーターを着た阿弥坂は「歩詩クンにちょっと意地悪してたの」と余裕ありげに割と真実を述べた。 「意地悪なんかしたら泣き出すぞ、こいつは」 「なんだよー!」 「そうね。この辺でやめておいてあげる」 阿弥坂は長い髪をサラリと靡かせて自分の教室へ戻っていった。 (アルファの女王サマに双子二股の疑惑をかけられてしまった) そんなことしない。 するわけない。 「貴重な昼休みが無駄になる」 柚木は我に返った、素っ気なく教室のドアを閉めようとした眞栖人のセーターを慌てて引っ掴んだ。 「ま、待って待って!」 「何だよ、全力で引っ張るな、伸びる」 「あっ、あのさ、ほっ、ほっ、ほっ」 「ほっ、ほっ、ほっ?」 柚木は口をひん曲げる。 どうして今日一度も会いにきてくれなかったのか。 胸に抱いていたはずの疑問よりもホテルに行くのか、行かないのか、今はそちらの回答が気になって仕方なくて。 初心オメガにとって過激な話題であるだけに口にしづらく、ただただ眞栖人を真っ直ぐに見上げた。 精一杯な眼差しを捧げられた眞栖人は、ほんの一瞬、昼休みの喧騒を忘れた。 「……お前は雨の日に段ボールの中に置き去りにされた捨て犬か」 デコピンされた柚木はぎゅっと目を瞑る。 「痛いッ」 教室のドアを後ろ手で閉めると、こどもみたいに痛がっている柚木の肩を抱き、廊下の窓際へ。 閉じられた窓に背中を軽く寄りかからせ、ネイビーのセーターを腕捲りして俯き気味に両腕を組んだ。 「飯食ったのかよ」 まだジンジンする額を押さえた柚木は彼の向かい側に立つ。 「うん、食べた」 「三限の世界史、テスト返ってきただろ、どうだった」 「黙秘します」 「お前な。俺がヤマ教えてやったっていうのに」 「ヤマが多すぎて全制覇できなかった」 「暗記できなかったって素直に言え」 これまで休み時間にしてきたような他愛ない話を交わす。 傍目には昨日と変わらない眞栖人だが、柚木の目にはどこか違って見えた。 「どこが」と問われると回答に窮してしまうのだが……。

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