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「ホテル一泊は断る」
「ほ……ほんと?」
「前もそんなに楽しめなかったしな」
「か、感想いらない、結構ですっ」
甘かったチョコレート。
銀紙を開くと柚木の口に押し込んで眞栖人は自分の教室に去っていった。
柚木もモグモグしながら隣の教室へ。
机の上に置きっぱなしにしていたランチボックスをスクールバッグに仕舞い、ついでに何気なく携帯をチェックし、目をヒン剥かせた。
(比良くんからメール来てる!!)
ーー今日、放課後に会えないか
簡潔な文面を目の当たりにしてチョコレートをゴクリと飲み込んだ。
(今日は保健委員の集会があるけど、比良くんも部活だし、丁度いいかも)
自分の予定を述べ、お互い終わったら会おうとメールを送信し、柚木はぺたんと机に突っ伏した。
昨日、別れてから今日の午前中まで比良と交わした微熱でオメガの頭の中はいっぱいだった。
だが、途中から教室を訪れない眞栖人のことが気になり出して、メールを見るまで悶々とした心地からは解放されていた。
(あんなキスした後だから、ちょっと……なんだかなぁ……ですけど)
……番の比良くんとやっぱり結婚するのかな、おれ。
……こんなへっぽこオメガが別格のアルファと添い遂げちゃっていいのでしょーか。
眞栖人くんはおれよりも具体的なこと考えてたんだな、朝から避けてたのは、へっぽこ義兄爆誕からの現実逃避……とか?
午後の授業をふわふわと上の空で過ごしたへっぽこオメガ。
放課後に開かれた保健委員の集会でも、オメガ向けの健康づくりに関するアンケートの案を上級生から求められて閉口してしまう始末だった。
(オメガの健康づくり……? そんなの意識したことないよ、ごはんしっかり食べるとか……?)
集会は一時間ほどで終了した。
静かになった校内、もう一人の保健委員であるベータの女子と一緒に多目的教室から自分達の教室がある校舎へ戻った。
「ヒートとかラットとか大変そうだね」
「うん、おれはヒートまだだけど」
「この間、三年の教室でなっちゃった人がいたらしいよ」
「わぁ、学校でかぁ……」
「アルファの男子。オメガのコに襲いかかろうとしたんだって」
「そっか……早くよく効く抑制剤ができればいいんだけど」
「眞栖人クンの親が研究してるんでしょ? なんかすごいよね」
「うん、なんかすごい」
夕方五時過ぎ、無人の教室もあれば、ちらほらと残る生徒がおしゃべりに華を咲かせていたり。
柚木のクラスでも数人の同級生が中間テストの勉強から解放された放課後を伸び伸びと過ごしていた。
「あ、眞栖人クンいるよっ」
一緒に戻ってきた女子がはしゃいだ声を上げる。
柚木は教室の出入り口で足を止めた。
視線の先には自分の席に着席する別格のアルファが確かにいた。
ブルーのシャツにネイビーのセーター、長い足にはチェック柄のズボンに上履き。
耳元や首筋がスッキリして見える短めの黒髪。
凛々しい上がり眉に黒曜石の瞳。
ほんの束の間、廊下との境目で立ち尽くしていた柚木は教室の中へ足を進める。
ベータ性のクラスメート達の横を擦り抜け、途中、机にガンッとぶつかりながらも自分の席へ。
携帯を覗き込むでもなく窓の外に顔を向けていた彼におずおずと小声で尋ねた。
「比良くん……にゃんで……?」
眞栖人ではない、まさかの<比良くん>のご在室にぶったまげて思いきり噛んでしまった。
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