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「ど、どしたの? 一体何事? ほ、ほ、ほんとになになになになに?」
他校に通う比良が同じ制服を着て自分の教室にいる。
ありえない状況に柚木が動揺しまくっていたら、眞栖人のフリをしていた比良は、半月の弧を象った唇上に人差し指をすっと立ててみせた。
「しーーー……?」
魅惑のジェスチャーに柚木は失神しかけた。
「驚かせてごめん、柚木」
「ッ……!」
かろうじて失神するのを免れた柚木は隣の空席に脱力するように着席した。
周りにいる数人のクラスメートを気にしつつ、他校の教室で落ち着き払っている比良を遠慮がちに眺める。
(……ひょぇぇぇ……)
もはや心でも声にならない。
優等生然とした詰襟とはまた雰囲気が異なる、セーターの色は違うもののお揃いの制服姿に改めて惚れ惚れとしてしまう。
「嬉しい」
柚木は奥二重まなこをぱちくりさせた。
「柚木がすぐに俺だって気づいてくれて、とても嬉しい」
朗らかな笑みを惜しみなく向けられて、へっぽこオメガは大いに照れてしまう。
(確かに我ながらよくわかったと思う)
なんだろな、やっぱり表情とか雰囲気かな。
比良くんはソフトっていうか。
眞栖人くんはスパイシーっていうか……?
「弟の制服を借りてきたんだ」
「う……うん、似合ってる、すごく」
「柚木に会いたくて、居ても立ってもいられなくて。部活もさぼってきたんだ」
「……」
昨日のように「冗談だよ」と続くかと思いきや、続かず。
本当に部活をサボタージュしてきた比良に真っ直ぐに見つめられて柚木は頬を紅潮させた。
(国宝級……いや、これもう地球の宝……)
「なんか眞栖人クン、元気なくない?」
「静かだよね」
「いつもよりオトナっぽい……?」
クラスメートの会話が聞こえて柚木は冷や汗をかく。
長居するのは危険だと、帰り支度をあたふた済ませて「みんなバイバイっ」と、おざなりにサヨナラの言葉を告げて教室を後にした。
比良の腕を引いて茜色に染まる廊下を前進した。
「部活、やめようかな」
途中で思わず立ち止まった。
「部活をやめたら柚木ともっと一緒にいられる」
振り返って運命のアルファと向かい合う。
どこか切なげな夕刻のひと時、西日を浴びて濡れたように耀く黒曜石の瞳にいつにもまして惹きつけられた。
「昨日、別れた瞬間から。柚木に早く会いたいと思っていた」
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