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途方に暮れそうになった柚木だが、ぐっとこぶしを握り、連絡をとるため携帯の入ったリュックを取りに玄関へ戻った。
カタン
戻ったところで物音がした。
リビングとは反対側、奥行きのある廊下の先に目をやる。
(あ……なーんだ)
完っ全に早とちりした。
比良くん、自分の部屋にいたんだ。
「そ……そっか、そーだよ、トイレに入ってる可能性だってあったわけだし、おれが来るの見越してドアのロック外してたんだよ、あーよかったよかった、眞栖人くんにばかにされるとこだった」
眞栖人に電話しようとしていた柚木は、リュックから取り出した携帯をダッフルコートのポケットに仕舞った。
廊下を活用した収納スペースとサニタリールームの間を進み、リビングとは逆の突き当たりへ、三つ並ぶドアの前に立つ。
左は比良の両親が使っている主寝室、真ん中は書斎、右が比良の部屋だ。
ちなみに眞栖人の部屋は玄関のほぼ真正面に当たり、リビングと隣接していた。
「比良くん、勝手にお邪魔してごめん、開けてもいい?」
柚木は声をかけてドアを開こうとした。
「駄目だ」
ドアノブに触れかけた手が空中でピタリと止まる。
「開けるな、柚木」
手だけじゃなく全身を硬直させ、柚木は、目の前のドアを凝視した。
(今の声、ほんとに比良くん?)
重たげで苦しげで。
唸り声じみた低い声色。
出て行く前に聞いたものとはまるで違っていた。
「ど、どしたの、比良くん、この一時間の間に風邪引いた?」
「……」
「なんか息荒くない? 具合悪い!? 救急車呼ぶ!?」
「柚木……」
ドア越しでも伝わってくる異変に困惑し、焦る柚木に、比良は言う。
「ラットになった」
焦燥していた奥二重まなこが俄に張り詰めた。
(え……?)
「今すぐ帰ってくれ」
(比良くんがラット? アルファの発情期に?)
「柚木を傷つけたくない」
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