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(……あれ、もしかして……?)
誠実で高潔な比良がうそをつくはずがない。
性的行為への積極性にはタジタジだが、誰もが憧れるパーフェクトなアルファ男子の人間性を信じて疑わない柚木は、自分自身の処理能力を疑った。
ドア越しに聞いた、ラットになったという彼の発言を聞き間違えたんだと、青ざめた。
「ご、ごめん、おれってほんと……ごめんなさい。早とちりしたっていうか、ほんとへっぽこっていうか、てっきりラットになったのかなって、あ、ココに来たときに何か変なかんじしたから、てんぱってぱにくって、うっかり聞き間違えたのかもーー」
「柚木」
拳を握った眞栖人の呼びかけに柚木はパチパチ瞬きする。
布団越しに比良に頭を撫でられると呑気に眠たくなりかけた。
「柚木は何も悪くない。ラットになった。あのとき、俺は確かにそう言った。柚木に嘘をついたんだ。ひどいことをして悪かった」
(比良くんがうそをついた)
無言で開錠されたマンションのオートロック。
本当にラットになって、本当に追い返すつもりでいたのなら、開錠せずにその場で伝えて撥ねつければ済む話だった。
部屋のロックまで前もって外されていた。
招き入れようとしていたのは明白だった。
「どうして?」
今はひどいと嘆いたり傷つくよりも驚きの方が勝った。
ただただ不思議でならなかった。
柚木に問われた比良は涙の痕が残るオメガの頬に両手を添える。
濡れて冷えた肌を掌で暖めるように。
「柚木のことを抱きたくて堪らなかった」
それはそれはバ……正直に己の胸の内を暴露した。
「最初は柚木のペースに合わせて、焦らず、ゆっくり進めていくつもりだった。でも十月の誕生日のときに公園で初めて深いキスをしてーー」
「いいいいッ、今いいッ、言わなくていいッ」
真っ赤になった柚木に中断され、一瞬だけ口を閉ざした比良は穏やかに懺悔を再開させる。
「あの夜から柚木のことを前以上に想うようになった」
「……」
「可愛くて、欲しくて、どこまでも愛したくて堪らなくなった」
「……あわわわわ……」
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