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7-15
底冷えする深夜、そのベッドは冷めやらない熱を吸い込んでシーツの隅々まで温もっていた。
「柚木、疲れただろう」
ベッドの中心で羽毛布団に包まった、へろへろになってぐったりしていた柚木は力なく瞬きする。
「水を持ってきた。飲むといい」
「ふぇぇ……」
体中、倦怠感に苛まれていた。
主に腰が。
上半身を起こすのも億劫だった。
「つらそうだ」
やたら遅々たる動作で起き上がった柚木を見、倦怠感を引き起こした張本人の一人である比良は心配する。
「俺が手伝うから」
「ほぇ……? 手伝うって、っ、ん……ぶ……!?」
ペットボトルのミネラルウォーターを口移しされた。
へっぽこオメガは半分近く零してしまった。
「ごぼぼっ……で、溺死するかと思った……」
ニットを脱いで半裸になっていた比良は、噎せた柚木の下顎を手の甲で拭い、頬についた水滴を唇で拭う。
「おかわりは?」
「も、もう結構です……げほっ……」
「なぁ、俺のおかわりは?」
最初と同じく頭から布団を被った柚木は、壁側でボクサーパンツ一丁でゴロ寝している眞栖人を恨みがましそうな目つきで一瞥した。
「ノーおかわりッ、結構です!」
(一体、何回したんだろ)
比良くんと二回、眞栖人くんと二回で、合計四回……?
いや、でも比良くんで終わったから、比良くん三回、つまり五回……!?
「無理をさせて悪かった、柚木」
「……謝るくらいなら、せめて三回目は控えてほしかったです、比良くん」
「眞栖人に抱かれるのを見ていたら、どうしても君に飢えて仕方なくなった」
「……だから、おれ、カレーとか食べ物じゃなぃぃ」
一人ならば十分余裕のあるダブルベッド。
今は別格のアルファ双子が両サイドを占めていて狭い中、柚木は二人を交互に洩れなくジロリした。
「おれ、もう限界、もう寝るから二人は移動してください」
招かれた客の立場で強気に出る。
二人に散々好き勝手されたのだから、これくらいのワガママは許されると、プンスカ気味に言い放った。
「ここは俺の部屋だから俺もここで寝る」
「寒いし動きたくないから、ここで寝る」
平然と移動を断ってきた比良と眞栖人に柚木は呆気にとられる。
(散々、なんやかんやされた後で一緒に安眠なんてできません)
「あっち行って! ハウス!」
「ハウスしてるだろ、俺の家だぞ」
あー言えばこー言う眞栖人に堪忍袋の緒が切れた柚木、割れた腹筋目掛けて比良の枕を振り下ろした。
「今から枕投げかよ。まだ体力有り余ってるんじゃないのか」
「いっ……一緒にすんなぁ……!」
「添い寝くらいでぎゃあぎゃあうるさい奴、大豆とは一緒に寝るだろーが」
「大豆と一緒にすんなぁ! 大豆は別格だし、ちっちゃいし!? 二人ともでっかいじゃんか!!」
深夜に喚く柚木に眞栖人は平然と笑い、ご近所迷惑を考慮した比良はその口を片手でやんわり覆った。
「わかった、柚木、譲歩しよう」
(……二人とも、すんなり移動してくれぇ……)
「ッ、わわわっ……?」
ベッドからすっくと立ち上がった比良は、すかさず、お布団おくるみ状態の柚木を恭しげにお姫様抱っこした。
片肘を突いてベッドに寝そべっている弟に兄は淡々と言う。
「今日は特別に俺のベッドを眞栖人に貸す。代わりに俺と柚木は眞栖人の部屋で寝よう」
渇愛対象なるオメガを先にお姫様抱っこされ、密かに根に持っていた比良の提案に眞栖人は片眉を吊り上げる。
満腹な肉食獣さながらに見栄えよき体を堂々と横たえていた彼は、起き上がるや否や、双子の片割れを睨めあげた。
「柚木フェチも大概にしろ、柊一朗、布団とその中身は置いていけよ」
「暖房も効いているし凍死はしないだろう、風邪を引くかもしれないが」
毎度のことながら険悪な雰囲気に早足で突入しそうな比良と眞栖人に柚木は頭を抱えたくなった。
(もーいー加減勘弁してくれーーーーっっっ!!!!)
結局、双子喧嘩を回避したい柚木は比良の部屋で、別格のアルファに挟まれて就寝することになった。
「んにゃ……」
安眠なんてできるかと嘆いていたはずの柚木は爆睡した。
余熱が大いに燻る二人の間で無防備な寝顔を呑気に曝していた。
眠りにつく気配がまるでない比良は釘づけになっている。
壁側に位置する眞栖人も片肘を突いて覗き込んでいる。
夜明け前の静寂に溶けていく小さな寝息。
時折、衣擦れの音が柔らかく響いた。
「……おい」
眠れる番のオメガに比良は触れる。
おもむろに髪を梳いて、そっと頭を撫でた。
「起きるぞ」
眞栖人が小声で注意してもやめない。
弟を綺麗さっぱり無視して柚木に触れ続けた。
「それからな、いくら器官が未熟だからってナカでするな」
初潮を迎えれば妊娠が可能になるオメガ。
まだ迎えていないながらも柚木の身を案じ、眞栖人が連続して小言をぶつければ、閉ざされた目蓋に視線を注いだまま比良は言う。
「俺は正直なところ柚木の肌にお前がマーキングするのが不快だった」
決してナカには注がずに外側に吐精していた弟。
逆に兄は三回、すべて……。
「ティッシュで必死こいて小まめに拭いてたもんな、柊一朗。でもお前よりマシだ。万が一ってこともあるからな」
比良はやっと眞栖人を見返した。
同じ顔をした双子の弟に悠然と言い返した。
「柚木がこどもを授かったら、さらに絆が深まる」
眞栖人は眉根を寄せる。
柚木のことになると恐ろしく自分本位……というより番本位になる双子の片割れに、内心、ヒヤリとした。
そもそも。
中学時代までは喧嘩など滅多にしなかった。
おやつやお土産の取り合いだって記憶にない。
柚木と出会ってから双子仲は拗れていったのだ。
「まだ<番>の契約自体、成立していないくせに。フライングにも程があるぞ」
兄はすぐに柚木の寝顔に視線を戻し、弟はその身勝手さを咎めようとした。
「けんかしないで……」
二人は揃って静止する。
「……だめ……」
「柚木、起きたのか?」
「……違うだろ、寝言だ」
「ん~~~……んが……」
「ほらな」
夢の中でも喧嘩を食い止めようとしている柚木に比良と眞栖人は自嘲の笑みを浮かべる。
「柚木、ごめん、もうしないから」
「どうだかな」
健気な寝言を紡ぐオメガに二人揃って飽きずに恋をした。
起こさないよう、さらに寄り添い、一夜の眠りを見守った。
(もふもふ……あったかい……)
夢の中でモフモフ大型犬同士の喧嘩の仲裁に入り、モフモフに埋もれていた柚木。
狭いながらも冬の寒さをものともしない、安心する温もりに満たされたベッドで、アルファの愛情を一身に受けながらオメガは眠る……。
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