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エピローグ
休日、多くの客で賑わう昼下がりの水族館。
「あれ、なーに?」
「あれはラッコだよ」
「らっこたん」
「そう。ラッコさん。可愛いね」
一際目を引く家族連れがいた。
「ぱっぱ。らっこたん、かあいい」
厚いガラスの向こうでスイスイ泳ぐラッコに目を輝かせる我が子・夕犀に比良は微笑みかける。
「ゆーせー、らっこたん、すき」
「ママもラッコさんが大好きなんだよ」
「ふーーーん」
「ラッコさん、もっと近くで見てみようか」
ラッコの展示プール正面は小さな子どもたち、他の客などで溢れ返っていた。
少し離れたところから、父親である比良の手をきゅっと握って眺めていた夕犀は首を横に振る。
「ゆーせー、ここでいい」
「遠慮してるのか、夕犀、好きなら人垣を掻き分けて見たらいい」
夕犀は、もう片方の手を握ってくれている、叔父にあたる眞栖人を見上げた。
「ペンギンもアザラシもそうやって引きで見てただろ」
「みゃーたん、いきたい? らっこたん、みたい? ゆーせーはね、ここでいい」
おっとり優しい性格をした甥っ子に眞栖人も笑いかける。
「ねぇ、水生動物よりもあっちに目が行くんですけど」
「同じ顔した男前双子モデルと新生子役の撮影とか?」
「神々しい……絶滅危惧種かも……」
尋常ならないオーラむんむんな家族連れに客の多くが浮き足立っていた。
ぱっちりした黒曜石の瞳が愛くるしい、三歳児ながらも別格のアルファ双子譲りの整った目鼻立ちをした夕犀は特に注目を浴びていた。
「みゃーたんも、らっこたん、すき?」
ちなみに「みゃーたん」呼びには経緯があった。
『夕犀、俺のことは眞栖人って呼んでいいからな』
『みゃ……みゃーと……』
『夕犀、おじさんでいいよ、呼びにくいだろう』
『お……おじたん……』
『眞栖人でいい』
『おじさんでいいよ』
『……みゃーたん……』
「ああ。みゃーたんもラッコが好きだ。ほら、あの仕草とか可愛いくないか。顔をゴシゴシしてるの、あれは冷たい手を温めてるんだってさ」
眞栖人が夕犀に話しているのを見、比良は、内心面白くなかった。
念願の初対面を果たしたとき、かつて柚木が得意気に口にしていた内容だ。
自分から我が子に教える気満々だった、それが弟に先を越されてため息を噛み殺した。
「夕犀、クラゲを見に行こう、みゃーたんはまだラッコを見ていたいそうだ」
「次は鮫だろ」
「夕犀に鮫はまだ早い」
「大袈裟だな。人食い鮫を見物するんじゃあるまいし」
「物騒なワードを夕犀の前で口にしないでくれ」
「そうなると何も話せなくなる」
「お前は無言で丁度いい」
自分と手を繋いでいる比良と眞栖人が対峙し、間にいた夕犀は二人を交互に精一杯見上げた。
「けんか、しないで」
二人はハッとした。
真ん中で心配している夕犀を揃って見下ろした。
そこへ。
「携帯あったよ、やっぱり触れ合いコーナーのところに置き忘れてた、ちゃんと届けられててよかった!!」
水族館に来るなり携帯を紛失していた柚木が早足でやってきた。
「ままー」
「夕犀~、携帯見つかってよかったよ~、めちゃくちゃ焦った~、あっ、ラッコかわい~」
柚木は満面の笑顔で夕犀を抱っこした。
オメガママの懐でアルファ性の夕犀も母親譲りの無垢なる笑顔を浮かべた。
「そっくりだ」
「よく似てるよ、お前と夕犀は」
比良と眞栖人に急に改まって言われて、きょとんとして、それから照れる柚木なのであった。
海の見える芝生広場で柚木ご一行はランチをとった。
「眞栖人、お前がいると狭くなるし夕犀の教育に悪い。横になりたいのなら芝生の上で寝てくれ」
「蟻に言い寄られるから嫌だ。過保護な奴。モンペまっしぐらだな」
「そうだな、蟻とランチしたらいい、ベーグルサンドをシェアしたらどうだ」
レジャーシートの上で豪快に寝そべる弟を煙たがる兄。
「ぱっぱ、みゃーたん、けんかしてる?」
買ってもらったラッコのぬいぐるみを抱えた夕犀が澄みきった黒曜石のおめめで問えば、二人は驚異のシンクロ率で首を左右に振った。
「夕犀、ほっとこ、この二人はオトナになってもぜーんぜん変わらない。双子喧嘩が趣味なんだよー」
スープジャーから注いだコンソメ味の野菜スープをフーフーして、腕の中の夕犀に飲ませながら、柚木は大袈裟に肩を竦めてみせる。
ポカポカしていて過ごしやすい、正に行楽日和の休日。
真っ青な空を飛行機雲が過ぎっていく。
「そうだな、柚木への想いは出会った頃と変わらずに色褪せないままだ」
運命で結ばれた番のオメガ。
ずっとそばにいてほしい最愛なる伴侶に比良は寄り添い、守り甲斐のある肩を抱く。
「外敵を蹴散らす、溺れたらお前を一番に助け出す、その気持ちは確かに変わってない」
そばにいたい、一生を捧げたい、大好きなオメガ。
長い足が芝生に食み出た眞栖人は、その両腕に守られている夕犀のほっぺたを指先でくすぐった。
「その次は夕犀を助けてやる」
即席の創作童話でいつもワクワクさせてくれる叔父に夕犀はクスクス笑う。
「みゃーたん、くすぐったい」
「おれを助けて、夕犀も助けて、眞栖人くん自身はどうなるの」
「俺は魚にでもなって海で暮らす」
「みゃーたん、おさかなになるの? らっこたん? くらげたん?」
「なるなら鮫がいい」
「眞栖人は鮫にはなれない。俺の家族は俺が守る。お前の助けは不要だ」
「昔は道連れ希望だったくせに」
「ぱっぱ、みゃーたん、けんかしてる?」
「「してないよ」」
綺麗に揃った別格のアルファ双子の返事に柚木は思わず吹き出した。
「おれも守るから。夕犀も、二人のことも」
オメガに生まれてきてよかった。
こんな幸せ、きっと、他にない。
end
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