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「暗い顔してるわね、歩詩」 項垂れていた柚木は、不意に肩を抱かれて顔を上げた。 「せっかく私が二位でゴールしたっていうのに、祝福してくれないの?」 同じクラスで<化ケ猫>の阿弥坂まこと、だった。 普段は流している長い黒髪をポニテ結びにし、ジャージの裾をロールアップさせた彼女は、艶やかに笑んでみせる。 「ちょうだい、タオル」 「ぇぇぇっ、汗くさいのにっ」 肩に引っ掛けていたタオルを奪われて柚木は目を白黒させる。 平然と顔を拭いた阿弥坂は、柚木の肩に丁寧にかけ直すと、よしよしと頭を撫でた。 「パン食い競争最下位、おめでとう、歩詩」 「ぅぅぅ……全然おめでとうじゃなぃぃ……」 <ヒト>より元来優れているからと、お高くとまっている<化ケ物>もなかなか多い、阿弥坂はその上をいく、自分に劣るものは同じ<化ケ物>でも足蹴にするような女王サマ気質だった。 やたらと構われる柚木は、女王サマにとって暇潰しのオモチャなんだろうと、日々のスキンシップをのほほん受け入れていた。 「あの犬、日頃から逃げ慣れてるのね。後もう少しで捕まえられそうだったんだけど」 阿弥坂が顎でしゃくった先には、まだ化ケ兎女子に労わられている眞栖人の姿があった。 そばにいることが自然で、誰からも認められて、能力が抜きん出ている別格化ケ犬の隣というポジションが許される同族。 (いいなぁ) 眞栖人が脱いだジャージの上着を誇らしげに受け取ったパーフェクト女子を、柚木は羨ましく思った。 (……おれは、ぶっちぎり、あほのこ一位だ……) タオルの次に渡されたペットボトルのミネラルウォーターを飲む、清々しく晴れ渡る空を仰いで緩やかに喉を波打たせる眞栖人に、柚木は為す術もなく見惚れた……。 (フッた後に恋するとか、図々しいにも程がある) 「歩詩、ちょっといいかしら」 体育祭が終わり、本日は部活動も休み、友達と一緒に下校しようとしていた柚木は阿弥坂に引き留められた。 連れて行かれた先は屋上庭園だった。 閉め切られる五時半まで残り一時間、体育祭で疲れた生徒達は速やかに家路についたようで、コスモスの咲く西日溢れる場所に人の姿はなかった。 「私とお付き合いしてほしいの」 柚木は夢かと思った。 昨日に引き続き告白されるなんて、しかも眞栖人に負けず劣らず秀でた<化ケ物>である阿弥坂から、完全に<へっぽこばけうさ>のキャパを超えていた。 「あわわ……」 「昨日、眞栖人クンにも告白されたでしょう」 「あわわ!?」 眞栖人に裏庭へ誘われている柚木を見かけ、先を越されたと、ほぞを噛んだ化ケ猫の女王サマ。 「貴方のこと、私が先に目をつけていたっていうのに」 「それは……オモチャとしてではなく……?」 「もちろん伴侶としてよ」 (はっ、ははっ、伴侶!!!!) 「歩詩になら私の全部を与えてもいいわ」 二人はベンチに並んで座っていた。 驚きでフリーズしている柚木の顎に片手を添え、持ち上げて、阿弥坂は微笑まじりに命じる。 「だから私にも貴方の全部を与えなさい」 何とも驕慢な告白に柚木はさらにかたまった。 ストレートの長い髪を背に流した、サイドのカットが特徴的な「お姫様カット」が恐ろしく似合う阿弥坂は瑞々しい唇を吊り上げてみせる。 そのまま念願だったキスを……。 「柚木」 不意討ちの呼びかけに柚木の奥二重まなこは真ん丸に見開かれた。 慌てて目をやれば……タイル張りの小道の上を眞栖人がやってくるところだった。 「眞栖人くん」

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