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紛れもない邪魔者に阿弥坂のアーモンドアイは険しさを帯びた。
引き返すどころか、真っ直ぐにこちらへやってきた眞栖人を堂々と睨みつけた。
「あ。先客がいたんだぁ」
眞栖人の背後には化ケ兎のクラスメート女子がいた。
体育祭でいい雰囲気だった二人だ、その流れで交際が始まるなんてことも、ありえない話ではない。
(昨日おれに告白してきたばっかのくせに~~……!)
ち、違う違う。
フッたおれにあーだこーだ言う資格はない。
胸の奥をズキズキさせる権利、ない……。
「あ、阿弥坂さん、移動しよっか」
「嫌よ。私達が先にいたんだから。アッチが遠慮するのが当然でしょう」
(ああッ、想像はしてたけどッ、やっぱり頑として女王サマ!!)
「そうでしょう、眞栖人クン?」
阿弥坂に問われた眞栖人は。
返答せず、動かず、その場に立ったままでいた。
(どーしたんだろ、眞栖人くん、さっきからピクリともしない……?)
「眞栖人クン、行かないの?」
短いプリーツスカートから惜し気もなく絶対領域を披露する化ケ兎女子が声をかけても、微動だにせず。
ただじっと柚木を真顔で見下ろしていた。
(ちょっと怖いんですけど)
屋上庭園から去ろうとしない眞栖人に阿弥坂は痺れを切らした。
「えっ?」
大胆にも隣に座る柚木を抱き寄せた。
ブレザーをきっちり着込み、ネクタイを締め、膝丈のスカートを履いた彼女は<へっぽこばけうさ>の肩越しに眞栖人に断言してみせる。
「歩詩は私のもの。誰にも渡さない」
何とも芳しい胸元に片頬が着地し、ド赤面した柚木はカチンコチンと化す。
昨日、告白したばかりの相手が別の<化ケ物>の腕の中にいる光景に、眞栖人は微かに息を呑んだ。
フラれている彼は、そのまま屋上庭園を大人しく去っていった……。
……ハズがなかった。
「は?」
珍しく意表を突かれたような阿弥坂の声に柚木はパチパチ瞬きした。
「どういうつもり、そんなもの出して」
ギギギ……と、非常にぎくしゃくとした動作で柔らかな懐から顔を上げ、眞栖人に顔を向けて、ぎょっとした。
眞栖人は普段仕舞われているはずの立派な犬耳と尻尾を発現させていた。
阿弥坂を睨み返し、鋭い犬歯まで覗かせて低い唸り声を立て、真っ向から威嚇してきた。
本来の姿の片鱗を現し、臨戦態勢に入ろうとしている化ケ犬を前にして、気が強い化ケ猫も殺気立つ。
通常サイズであったはずの爪をみるみる伸ばし、凶器さながらに尖らせ、アーモンドアイに縦状の瞳孔を走らせた。
「駆けっこでは負けたけど実戦なら勝つわよ。ついでに、伏せ、お手、仕込んであげましょうか」
「柚木をマタタビと勘違いしてるみたいだな、今すぐ引き剥がしてやる」
<化ケ物>オーラがぷんぷん、ものものしげに対峙する二人に柚木は青ざめた。
(止めないと!!)
「眞栖人くん、阿弥坂さんも、落ち着いてーー」
「グルルルルッ!!」
「フーーーーー……ッッッ」
(ひぃぃ、臨戦態勢に入ってる! 怖い怖い!)
今にも変化を解き、本来の姿となって本格的バトルをおっ始めそうな二人に柚木は縮み上がった。
(この二人がバトルなんかしたら、どっちも無傷じゃいられない!)
柚木は混乱した。
てんぱった。
パニくった。
その結果。
ぼふんっっっ
「ッ……ぷぅぅううぅぅう……!」
変化が解けて柚木自身が本来の姿に戻ってしまった。
それはそれは小さなうさぎの姿に。
灰色の、片手におさまる、ミニウサギのサイズになってしまった。
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