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「柚木ッ」 ベンチの上にぽてっと転がった柚木をいち早く拾い上げたのは眞栖人だった。 「ぶぅぅッ」 不満げに低くプープーブゥブゥ鳴き出した<へっぽこばけうさ>に別格化ケ犬は苦笑した。 「怒ってるのか、柚木」 「ケンカやだ、ケンカすんなぁ」 「しないから。そんなに怒るなよ」 「ぶぅぅ~……」 (眞栖人くんの手、あったかい) 遠目にはホコリの塊……灰色の毛玉を大事そうに両手に乗っけている眞栖人。 ケンカしないと言われてほっとした単純な柚木、長い耳をぺたんさせ、鼻をヒクヒクさせ、居心地のいい掌で丸くなった。 「ぷぅ」 さっきとは違い、高めの音で鳴く。 目を瞑って安心しきっている姿に阿弥坂は密やかにため息をついた。 尖らされていた爪を引っ込めると、そっと、優しく撫でた。 「間違って食うなよ」 「それは私の台詞よ」 恋敵の掌で無防備に休んでいる柚木を奪うことはせずに「鳥に気をつけなさい」と注意を促し、長い髪を翻して屋上庭園を去っていった。 「そっかぁ」 柚木に注がれる眞栖人の愛情を否応なしに感じ取った化ケ兎女子も、化ケ犬への告白はドタキャンすることにして、本日二番目に目立っていた化ケ猫に狙いを変えて屋上庭園からぴょんぴょん出ていった。 西日に包まれたベンチに眞栖人は腰を下ろす。 掌で丸まってじっとしている柚木に自然と笑みを零した。 (夕日でポカポカして、あったかくて、寝そう……) さっきまで不満爆発していたはずが、最強の寝床を見つけた気分の<へっぽこばけうさ>はウトウトしてきた。 後十秒で眠りにつく、そんな矢先に。 「ぷう!?」 おもむろに灰色毛に顔を埋めてきた眞栖人にぎょぎょぎょっ、どきどきっ、した。 「クンクン」 犬耳と尻尾を生やしたままの彼に思いきり匂いを嗅がれて、恥ずかしさの余り、息絶えそうになった。 ぼふんっっっ 「ッ……こ、こらぁッ……やめてよぉ……エチケット違反ッ……」 変化したものの、兎耳が出っ放しの柚木、眞栖人のお膝の上に着地する羽目になって涙目赤面した。 「クンクン」 「かっ、嗅ぐなぁっ……うーーー……っ」 腰を抱かれて、抜け出そうともがくものの、ビクともせず。 グレーのセーター姿の柚木はジタバタするのをやめ、すぐそこにある黒曜石の瞳に、おっかなびっくり遠慮がちに頼んだ。 「は……離してください」 「お前のことが好きだ」 「っ……それ、もう、昨日聞いたから……」 「俺と付き合え」 「そ、そんな強気に出られても……困る」 「リレーの後、俺のこと見てただろ」 向かい合ってお膝に抱っこされるという、これまでに経験のない恋人風スキンシップにあわあわしていた不純異性同性交遊未経験の柚木は、口をへの字に曲げた。 「見てない」 「嘘つけ。物欲しそうに見てたくせに」 「は……早く離して……」 「柚木を諦めるつもりは毛頭ない」 「ふぇぇ……すごいポジティブ……」 「お前が頷くまで告白し続けてやる」 「もはやイヤガラセじゃんかぁ……」 眞栖人は笑った。 しなだれている兎耳、潤んだ奥二重まなこ、プルプルしている細い肩、夕焼け色に染まった唇を好きなだけ見つめた。 「だって、おれ……こんなんだし……ぱっとしなくて、へっぽこで、眞栖人くんとは釣り合わない……」 「ああ、そうだな」 「なんだそれっ、ばかにしてんのかっ」 自ら卑下しておきながら、いざ眞栖人にすんなり肯定されると柚木は膨れっ面になった。 「釣り合うとか釣り合わないとか、どうでもいい。俺はただお前と一緒にいたい」 今までにない至近距離で真摯に告げられて。 素直な兎耳がぴょこんと立ち上がった。

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