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1-1-比良くんと柚木と大豆/パラレル番外編
「ひらくん! ひらくん!」
今日の柚木はやたらと比良にくっつきたがった。
「いいにおい! すき! すきーーー!」
堂々と甘え、縋り甲斐のある肩におでこをスリスリ押しつけてきた。
(あわわわわわわわ)
それもそのはず、だった。
なんと、愛犬の大豆と柚木の中身が入れ替わってしまったのだ。
(見ていてキツイ! むり!)
大豆にINしてしまった黒柴姿の柚木は、自分にINしてしまっている大豆の足に前脚を引っ掛けた。
(大豆やめて~~、おれの姿で比良くんに甘えるの禁止!)
「キャンキャン!」
「もしかして柚木と大豆は入れ替わっているのか?」
「クーーン!!??」
さすが頭脳明晰で洞察力やら観察力やらが優れている比良、すぐに入れ替わりに気が付いた、そしてありえない展開をすんなり受け入れた。
(比良くん、さすがに冴え過ぎるのでは、ちょっと怖い……)
週末、家族が出払っている柚木家に遊びにきた比良は、肩にスリスリ甘えてくる大豆の頭を撫でた後、しゃがみ込んだ。
「柚木、大豆の姿になって、きっとびっくりしただろう。心細かったんじゃないのか? よく我慢したな」
冴え冴えと煌めく黒曜石の瞳を愛情たっぷりにして、比良は柚木を撫でた。
条件反射でヒコーキ耳と化す柚木。
大きな掌に優しく頭を撫でられて、フカフカな耳をぺたんさせ、キュンキュン鳴いた。
(比良くんの手、あったかい、きもちいい)
「キューーーーー……」
入れ替わって混乱していたはずが、大好きな比良にヨシヨシされて単純な柚木はほっとした、気持ちよさそうに目を閉じてナデナデに甘んじていたのだが。
「ぼくも! ぼくも!」
大豆が比良にかまちょ攻撃した。
後ろからガバリと抱きつくと、躊躇うことなく頬擦りしまくった。
(うぎゃーーーーーーー!!)
大豆! ほんとやめて! おれっ、恥ずか死んじゃうから!
「ひらくんっ、なでてっ、すきっ」
「……大豆とお喋りできる日が来るなんて、何だか夢みたいだな」
(尊いーーーーーーーー!!)
見た目がおれだからイマイチ感動できなかったけど、お話できる大豆と比良くんのやりとり、やっぱり尊死です!! 最早しんどいレベル!!
飼い主と同じく大好きな比良に両手で頭をわしゃわしゃと撫でられて、大豆はご満悦のようだ。
見た目が自分であるのを抜かせば、それはそれは微笑ましい光景にジーンときていた柚木だが。
(ひッッッ!!!!)
大豆が比良のほっぺたをペロペロやり出した。
これには飛び上がり、直ちに自分が着ていた服に咬みつき、引っ張った。
(大豆すとっぷ! お願い! お願いですから!)
大豆は服を引っ張る柚木をガン無視した。
仕舞いには……何も言わずに受け止めている比良の唇まで、ペロリと……。
(おぎゃーーーーーーーーーー!!!!)
「よしよし。いいこだな、大豆」
猛烈かまちょを仕掛けてくる大豆に比良は笑みを零す。
恥ずかしさの余り、プルプルしている柚木を見ると、安心させるように背中を撫でた。
「大豆は柚木よりも甘えん坊だな」
(そりゃあ、大豆はワンコだもん、甘え慣れしてるし)
「柚木もこんな風に甘えてくれたらいいのに」
(むりむりむりむり)
「そうか。残念だな」
(諦めてください)
……ていうか、比良くん、ワンコのおれと会話してる?
……比良くんの能力は常識を超えちゃってるな。
「ひらくーーーん……」
比良の懐に顔を突っ込み、クンクンしていたかと思えば、ウトウトし始めた大豆。
柚木が自分のひざ掛けを咥えて持ってこれば、比良が受け取り、ふわりとかけてやった。
「あったかい……いいにおい……きもちいい……すき」
(大豆、天使か、そっか、実はワンコのフリしてた天使だったんだ)
……まぁ、おふざけはこの辺にしておいて。
……どうしたら戻るんだろ?
(こういうのって、アレだ、王子様やお姫様のキスだ)
童話だとキラキラした人達のキスで魔法や呪いは解ける。
でも、さっき大豆が比良くんにしてたけど変化はナシ。
(おれと比良くんがしたら解ける……?)
懐でスヤスヤしている大豆を見守っている比良をチラリと見、柚木は迷う、その辺を行ったり来たり、グルグルグルグル一周したりした。
落ち着きがない柚木の様子に比良は「おいで」と声をかける。
「キューン」
「そうだな、元に戻る方法を真剣に考えないとな」
「わふっ」
「大豆に入れ替わっている柚木も可愛いし、こんなに甘えてくる大豆も可愛いけど、やっぱり元に戻ってもらわないと困ることも多い」
(そうだよ、家族みんなに心配されるし、学校だってあるし)
フカフカな大豆の体をイイコイイコしていた比良は、愛くるしい瞳を見つめ、笑いかけた。
「キスしてみたら元に戻るかな」
そう言って、そっと、健気に上を向いていた柚木に軽くキスしてみた。
「……戻らないな」
(あーーー……なんか異様にドキドキした、ワンコ目線の比良くんがいつも以上に尊すぎて……飛びつきそうになっちゃった……おれ、頭の中まで大豆化してる……?)
キュンキュンと小さく鳴いている柚木に比良は堪らなさそうに微笑する。
懐で一眠りしていた大豆は、ふと目が覚めて、キュンキュンしている飼い主を見下ろした。
「ふーた、かわいい、かわいい、ぼくのおとうと」
そう言って、ちゅっと、柚木の鼻先にキスを落とした。
その瞬間。
柚木と大豆は元に戻った。
入れ替わりの魔法(?)は一瞬で解けて、束の間の奇跡は終わりを迎えた。
「クーン」
「あ……元に戻った……!」
柚木は毛だらけじゃない手をグーパーさせ、人間の姿に戻ったことを実感すると、自分を仰ぎ見る大豆を抱っこした。
「大豆、おれのこと弟扱いしてたんだ?」
「わふっ」
「おれの方がお兄ちゃんじゃん、それに大豆の方が可愛いし。このやろー」
「キューンっ」
フカフカな大豆に顔を埋めて笑っていた柚木を、比良は、後ろから抱きしめた。
「戻ってよかった、柚木」
「あ……何か、大豆が色々と粗相してしまって、ごめんなさい、です」
「そんなこと気にしていない」
息遣いが首筋に触れて柚木は縮こまる。
恐る恐る肩越しに振り返り、すぐ真後ろに迫るご尊顔を見やった。
「元に戻らなかったらどうしようかと思った」
「で、ですよね、でも大豆は頭もいいから、案外おれより授業でイイ成績残せたかも、体育だったらダントツ優秀だったかも、自由に入れ替われたら大豆に体育の実践テストに出てもらーー……」
比良は柚木にキスした。
いつにもまして愛しげな眼差しで平凡同級生の恋人を見つめた。
「俺はこの柚木がいい」
「ッ……ひ、比良くん、待って待って」
「柚木……」
「ヒィィッ……だ、大豆がいるから、大豆見てるからっ、もうちょっと待って~~……!!」
「キューーーン?」
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