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1-1-双子くんと着ぐるみ柚木/番外編

柚木の通う学校ではハロウィンシーズンに文化祭が開催される。 「えっ、かわいい、ハーレイ・クインやるとかセンスよすぎ」 「血糊リアルじゃね?」 「うわ、その覆面どこで買ったの、夢に出そう」 柚木のクラスはコスプレカフェをやっていた。 高校生だからと侮るなかれ、一部の生徒はメークなり衣装なり工夫して完成度の高いコスプレをしている、なかなかな熱の入りようであった。 (マジですか) 主にアルファ性クラスメートのキメキメなコスプレっぷりにオメガ性の柚木は脱帽しっぱなしだった。 (おれ、手抜きもいいところなんですけど) 「ユズくん、手抜きしたろ」 「ぎくっ」 「そう言う自分もゴミ袋被っただけじゃん、それ、何のキャラですか」 「街で声かけたら駄目なひと」 飾りつけされた教室の隅っこ、イマイチやる気のないコスプレをしたベータ性の友達とかたまっていた柚木だが。 「おい、俺が先に入るんだよ」 「兄の俺が先だ。出産のときもそうだった」 廊下から聞こえてきた歓声、ワケのわからない会話に顔色を悪くした。 「廊下で同じ顔したイケメンが喧嘩してる」 「眞栖人君と、双子のシュウ君でしょ」 「見たい!」 教室にいた生徒、遊びにきていた客がどっと廊下へ流れ出す。 二人に見つかりたくない柚木は、できる限り隅っこに身を寄せ、壁との一体化を試みた。 「こんにちは」 他校の生徒である比良が教室に入ってきた。 薫風が舞う五月の申し子さながらな爽やかさを身に纏う、グレーの詰襟が様になっているアルファの彼は、急に空いた教室をぐるりと見回す。 「柚木はどこだろう?」 (今日平日なのに! 比良くんってば、学校さぼってわざわざ来るなんて!) 壁に張り付いてブルブルしていた柚木は「ユズくんならあそこです」と、呑気な友達にバラされて愕然とした。 「……あれが柚木なのか? あれは、いわゆる、着ぐるみ……」 隅っこでブルブルしていた柚木はびっくりする。 いきなり肩を掴まれたかと思えば、強引に振り向かされて、奥二重まなこを白黒させた。 「柚木、お前」 柚木を壁からひっぺ剥がしたのは隣のクラスの眞栖人だった。 比良と瓜二つ、お揃いの黒曜石の瞳にまじまじと見つめられて、へっぽこオメガは益々縮こまる。 「これ、ねずみポケモンか?」 「ッ、違う! どう見てもレッサーパンダでしょーが!」 そう、柚木はレッサーパンダの着ぐるみを着ていた。 名前が同じ「ふうた」だからと、姉に安易に薦められたのだ。 ぶかぶかパジャマみたいなツナギを着た、レッサーパンダの愛くるしい顔を模したフードを被る、まるっとした耳と尻尾をつけた柚木に、眞栖人は。 「ッ……」 堪えきれないといった風に吹き出した。 咄嗟に横を向き、片手で口元を押さえ、肩まで震わせている眞栖人に、柚木は……その背中にレッサーパンダパンチをお見舞いするのだった。 文化祭が終われば三連休。 大笑いなど滅多にしない眞栖人にモロに笑われて、憤慨し、着ぐるみコスプレを早く忘れてしまいたかった柚木であったが。 「本当に可愛いな」 また着る羽目になった。 比良に頼み込まれて、憧れのアルファのお願いを無下にできるわけもなく、渋々……。 「実物より何百倍も可愛い」 そこは比良の自宅マンションだった。 大学の研究室に籍を置く彼の両親は不在で、弟の眞栖人も友達と外出中であり、広々としたリビングには柚木と比良の二人しかいなかった。 「いや、何千倍かな」 柚木はソファに座っていた。 穏やかな祝日の昼下がり、目の前のテーブルにはお茶の用意がされていて、紅茶の優しい香りが漂っていた。 「比良くん、その、お気遣いどうも……です」 「お気遣い?」 「こ、こんな子供っぽいパジャマみたいな服着て、手抜きも手抜き、学校行事に超消極的なだめだめへっぽこオメガで、本当、すみませんです」 「柚木、眞栖人に笑われたことを気にしているのか」 すぐ隣に腰掛ける比良に尋ねられた柚木は、のほほんとしたレッサーパンダの顔つきフードをすかさず被った。 「弟がデリカシーに欠けていてすまない」 「いいよ、気にしてないから」 「人の感情に無頓着で、常に自分本位、思いやりがないんだ」 「そ、そこまで言わなくても」 フード越しにチラリと比良を見れば、多くの同世代、教師陣からもパーフェクトと謳われるアルファは微笑んだ。 「柚木は優しいな」 フード越しによしよしと頭を撫でられる。 柚木は赤面した。 (比良くんと<番>だなんて、未だに信じられない) 「レッサーパンダはどんな風に鳴くんだろう」 予想外の質問に柚木はきょとんとする。

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