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「わからないけど、スマホで検索してみよっか?」
「柚木も知らないのなら、今度、一緒に見に行って確かめよう」
「動物園? 行くっ、行きたいっ、楽しそっ」
子供みたいな恰好で子供みたいにはしゃぐ柚木に比良の微笑は深まった。
「好物は何だろう」
「えーと、笹とか、果物かな?」
「甘いものは好きだろうか」
そう言うと、比良は、テーブルへ手を伸ばす。
お皿に乗せていた色とりどりのマカロンを一つ取ると、柚木に差し出してみせた。
「マカロンは好きかな」
柚木はパチパチと瞬きした。
手で受け取ろうとし、首を左右に振られると、奥二重まなこを丸くさせた。
「甘いもの、平気だろうか」
これから街中へ出かけてもおかしくないルームウェア姿の比良は、ゆるゆる着ぐるみをまぁまぁ着こなしている柚木の口許へマカロンを運んだ。
(こ、これは、いわゆる)
別格アルファからの「あーん」に柚木はカチンコチンと化す。
着ぐるみの内側で一気に汗をかき、非常にぎくしゃくとした動きでマカロンへ唇を寄せ、小魚並みの一口分、おっかなびっくり齧り取った。
「それだけでいいのか?」
「だって、ボロボロ零しそうだし、普通に食べたい、かな」
「もっと食べたいのなら、ほら、遠慮しないでおいで」
(だから! 普通に食べたいんだって! こんなん食べた気がしない!)
そんな文句を比良にぶつけられるわけがない柚木。
泣く泣く餌づけされた。
畏れ多いと恐縮しながらも、もそもそ、比良の手からマカロンを食べた。
「ご……ごちそうさまでした」
ド赤面した柚木が必死の思いで食べ切れば、比良は満足そうに頷き、今度はティーカップを手にした。
「紅茶はどうかな」
(もう勘弁してください! おれの心臓茹で上がりそう!)
そこへ。
「柚木が来てるのか?」
外出し、帰りは遅くなるはずだった眞栖人が帰ってきた。
玄関先で気配がした際に硬直し、本人がリビングへ現れるなり、柚木はぴゃっと飛び上がった。
「おい、柚木……」
畏れ多いはずの比良の懐へ、まるで潜り込むように顔を突っ込み、できる限り彼の視界に入らないよう、今度は壁ではなく比良との一体化を試みた。
「何やってるんだ、お前、また大豆の真似か」
「ノックもなしにいきなり部屋へズカズカと入ってきて驚いたんだろう、可哀想に」
「いつものことだろ」
双子の兄に窘められた眞栖人は大袈裟に肩を竦め、平然とソファの方へやってきた。
「家にレッサーパンダがいる」
柚木は何だかむっとした。
比良にしがみついたまま、振り返り、傍らに突っ立っている眞栖人を見た。
「お邪魔してます、どーも」
「へぇ、すごいな」
「はいっ?」
「二本脚で立つどころか、お喋りできるなんて、貴重なレッサーパンダだ」
柚木は見事な膨れっ面と化す。
「そーだよ! おれって実は頭いい貴重なレッサーパンダなの! すごいだろ!」
「ッ……」
「ま、また笑ってる! ひどい! もう条件反射で笑っちゃってるじゃん!」
「幼稚園児みたいな格好してるからだ」
「お腹抱えて笑ってる! お笑い番組見ててもずっと真顔なのに!」
文化祭のときと同様、珍しく爆笑している眞栖人に柚木は口をへの字に曲げた。
「そのままバンザイしてみろよ、柚木」
「バンザイ!? 眞栖人くんに笑われておれショックなのに、バンザイしろって? おれの精神状態おかしくなりそう!」
目尻に滲んだ涙を拭い、眞栖人は、その場にしゃがみ込む。
比良にひっしとくっつき、口を尖らせている柚木を下から見上げた。
「レッサーパンダは怒ったり、相手を威嚇するとき、バンザイするみたいに両手を上げるんだよ」
「あ……へぇ……ふーん」
「爪は結構鋭いんだぞ。木登りするからな」
「はぁ……」
「ああ見えて夜行性なんだ」
(いや、眞栖人くん、レッサーパンダについてやけに詳しいな!?)
「眞栖人くん、レッサーパンダ好きだったっけ? 前からそんな興味あった?」
「携帯で調べればすぐに出てくる」
「そりゃあ、そーだけど……」
「お前と同じ名前のやつがいるだろ」
「あー、うん……ふうたくんね……うん」
「ふうたって入れたら出てくるんだよ、上の方に」
「……ふうたって入力すること、そうそうある?」
「お前の名前だから。何となく入れて検索したことなら何回かある」
「……」
下の名前が歩詩である柚木は閉口した。
胸の奥がじわぁ……と熱くなってくる。
心臓が踊るみたいに跳ね出した。
「どうして帰ってきた、眞栖人」
比良に思いきり抱き寄せられて、即座に鼓動が加速して、今、何にどきどきしているのか、柚木はわからなくなった。
「俺との約束よりも急なデートの誘いを友達が優先したんだよ」
「三人で遊んできたらいいだろう」
「そんな空気読めないことできるか」
「今、お前がしてることはなんだ」
お皿の上からマカロンを一つ取り、一口で頬張った眞栖人は、また過剰に肩を竦めてみせた。
「俺と柚木もデート中だ」
柚木はぎょっとする。
抱擁に一段と力がこもり、腕の中で比良の鼓動まで感じて、オメガの聖域となるうなじを否応なしに火照らせた。
「ひっ」
そのうなじを比良にくすぐられたものだから、思わず小さな悲鳴が出た。
「仕方ないが、ここはお前の家でもある。いたいのならいればいい」
そう言って、比良は。
眞栖人の目の前で柚木にキスをした。
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