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Chapter 7―1
ある晴れた日の深夜。
静まり返った社長不在の社長室では、僅かなパソコンの起動音がやけに大きく聞こえた。
「チッ―――」
無意識に舌打ちをしてしまい、村上武智は慌てて口元を押さえた。こんな時間に誰も建物内にいないのは分かっているが、油断し過ぎだ。
しかし、舌打ちの1回くらいでは全く苛立ちが治まらない。
―――あ~あ。
『キハラホーム』へ入社してから、地道な作業を重ねて分かった事はひとつ。ここ本店に怪しいものは無いという、成果とも言えない事実だけだった。
本店に期待が出来ないのは、ヒラの武智ですら初めから分かっていた。喜原組を調べるならば、本店より端から『あちら』へ入った方が効率がいいと、誰であっても思うだろう。
『あちら』の方が早く片がつくだろうし、多少危険だとはいっても成功率は高いはずだ。
―――それに、チンピラの方が余程いい。
お上品な税理士という設定は、計画を聞いた当初から不満だった。武智本来の性格とは真逆で、長期に渡る潜入には少からずボロが出る。些細な違和感だろうが、疑惑を持たれてしまった時点でアウトなのだ。
バレる危険と、身の危険。性質の違った危険。
武智が選べるならば、身の危険を取りたかった。
などと、不満を並び立てても現状は変わらない。
ひとつの駒でしかない武智の意見など、上層部にはどうでもいい事だ。計り知れない企みがあるのかもしれないが、武智は知る必要はないとの判断なのだから。
仕事に対する虚しさに加え、疲労も重なり、体がズンと重くなる。自宅に帰ったら、死ぬほど酒を飲もうと決めた。
―――さて、次はどうすべきか。
動く前に1度、上司に報告と相談をしなければならない。またホテルの豪勢なディナーが食べられるのだろうか。
今度は寿司がいいなぁ―――と思いながら、武智は音もなく社長室から姿を消した。
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