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Chapter 8―2
途方に暮れるとはこの事だ。この気持ちをどう解釈すれば良いのか分からぬまま、村上武智は思考を止めていた。
たぶん、今は考えるべきでない。
―――無だ、無。
「村上さんて、何歳?27くらい?」
椿山ヒカルに問われて、内心でドキリとした。それが本当の武智の年齢だったからだ。
「いえ、29になります。ヒカルさんは?」
「ん?24。」
「え、24?」
思っていたより若くて、武智が目を見張ると、ヒカルが悪戯っぽい顔で笑う。
「何、見えないって?」
「いえ、落ち着いているから、もう少し上だと思ってました。」
落ち着いているのは確かだが、そのヒカルの色っぽさは24かそこらで持てるものだとは到底思えなかった。武智がマジマジと見つめると、ヒカルがフッと息だけで笑う。
その唇の動きに、思わず目が吸い寄せられた。
「よく言われる。働き始めるのが早かったからだろうね。高卒だから。」
「お店はいつからされて?」
「まだ1年経ってない。他の店にいたんだけど、社長さんがポンッとくれてね。この歳で店が持てるとは思わなかったなぁ。」
社長との関係を匂わされ、武智は不快感に息を詰めた。感慨深く言うヒカルの美しい横顔を、無理にでもこちらへ向けたくなる。
―――何故、あなたは、
「ヒカルさんは、喜原社長の―――」
愛人なんですよね―――と、無意識で尋ねようとして、武智は寸でで口を告ぐんだ。本人に尋ねる事ではない。無になりすぎて、アホな真似をしかけたを己を叱る。
「いえ、何でもありません。」
「そう?」
ヒカルが興味無さげに笑う。それを見て本日の敗退を悟った。こんな精神状態でヒカルの相手は無理だ。体勢を整えてから挑もう。
「あの、やはり疲れているみたいなので、今日は帰ります。またお店に来てもいいですか?」
武智が立ち上がりながら尋ねると、ヒカルが黙ったまま首を傾げる。すぐに肯定の返事が来ると思っていたので、虚をつかれた。
ヒカルが観察するよう目を細め、スッ―――と、雰囲気を変える。
鳥肌が立つほど、淫靡な表情だ。
それに武智が息を飲んだ隙に、急にヒカルから腕を引かれた。ガクッと膝が崩れて、反射的にカウンターに手を付く。ヒカルが耳元に顔を寄せてくるので、じりっと焦げるように体温が上がった。
「ね、村上さん、今度は連絡するから。待っててくれる?」
「わ、かりました。」
耳にかかるヒカルの甘い吐息に、武智は喘ぐように返事をした。
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