26 / 69

Chapter 9―2

〈H side〉 グラスで2万円のシャンパンを一気に飲み干して、椿山ヒカルは満足の息を吐いた。 「あ~、美味しい。」 隣に座っている村上武智を横目で見ると、手に持つグラスの中身はほとんど減っておらず、酔いとはほど遠い顔をしていた。 ―――初めて外に出た家猫みたい。 その表現があまりに村上のイメージとかけ離れていて、ヒカル思わず笑いそうになる。 しかし、今日に限って、村上は何故こんなに警戒心を発動しているのか。 ヒカルに言わせれば、今さらだ。 警戒するなら、初めからするべきだったのに。 「それで、ヒカルさん、お話しって何ですか?」 「え~、もう?」 「もう、って。ずっと気になってるんですが。」 話がある―――と、村上へ電話をして呼び出したのだ。嘘ではなく、本当に話しがあるのだが、用件だけというのも味気ない。 こんな格好で出迎えたが色っぽい事をするつもりはなく、ならば、言葉遊び程度の駆け引きくらいは楽しみたかった。 村上を振り回すのはちょっと気分がいい。 「どうしよっかな。ちょっと言いにくいんだよね。できれば、ほろ酔いくらいがいいんだけど。ほら、村上さん、全然飲まないし。」 ヒカルがそう言うと、村上は手に持っていたグラスを煽り、ゴクゴクと喉をならして飲み干した。 シャンパンには炭酸も入っているのだから、一気にはさぞや飲みにくい事だろうが、村上は平然としている。空のグラスをサイドテーブルに置くと、ヒカルの方に体ごと向けた。 「飲みました。酔いました。だから、話してくださいよ。お願いです。」 ―――何だろう、この色気のなさは。 全く面白くない。 余裕がないのか面倒なのか知らないが、今日はヒカルと遊ぶ気がないらしい。ならば、引き延ばしても仕方がない。 さっさと用件を済ませる事にして、ヒカルもグラスを手放した。 「じゃ、前置きはなしにして、」 ヒカルが声のトーンを落とすと、村上が僅かに体を強張らせる。言葉ひとつに振り回される村上を見るのは、ちょっと気分がいい。今からの反応を想像して、また少し楽しくなってきた。 「村上さんは、誰のネズミ?」 ヒカルの問いに、村上は目に見えて顔を青ざめさせた。

ともだちにシェアしよう!