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Chapter 11―1

8月のひどく暑苦しい日の夜、村上武智はきらびやかな船上にいた。 今から、『キハラホーム』会長、喜原昇太郎の誕生日パティーが行われる。 船内はヨーロピアン調に飾られて、訪れる男女も派手にドレスアップしており、まるで舞踏会にでも紛れ込んだような気分だった。 武智にしても正装はしているが、居心地の悪い事この上ない。さしずめ、武智は魔法のかかっていないシンデレラか。 端的に云うと、場違いだという意味だ。 「由佳里さん、何か飲みます?」 「いいえ、大丈夫よ。」 今夜のパートナー役の由佳里が首を振りながら答える。ハイスリットの黒いドレスを身に付けた由佳里は、何処から見てもイイ女だった。 その雰囲気は攻撃的に色っぽく、マゾ気質な男を這いつくばらせ高笑いしている様を想像させる。 武智がひとり苦笑いをすると、クッと組んでいた腕を由佳里に引かれた。 「少し見て回りましょう。」 船内の構造は下調べしているとはいえ、実際に目で見て把握しておきたいという事だろう。その提案に武智は頷き、由佳里とホールを出た。 ―――全部は無理か。 あと15分もすればパーティが開始するから、船内をくまなく見て回るには時間が足りない。入れる部屋と通路を確認しながら歩くと、武智たちはデッキへ行き着いた。 ドアを開けた途端に、びょぉっと音を立てて生温い風が吹き抜ける。 こんな熱帯夜に誰も外になどいないと思っていたが、そこには先客がいた。 「―――村上さん、こんばんは。」 甘いテノールで声をかけられ、ハッとなる。武智が声に吸い寄せられるように見ると、月明かりに照らされたあの人がひとり立っていた。

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