36 / 69
Chapter 12―3
武智が伸ばした手で滑らかな頬を撫でると、ヒカルが猫のように目を細める。まるで甘えられている気分になるが、きっとそれは間違いだろう。
勘違いはしない。
―――本当に甘えてくれたら。
武智が血迷った事を考えていると、突然、店の方から物音が響いた。
誰か来る。
タン、タン―――と近づいてくる足音に、武智は反射的に後ずさり、ヒカルと距離を取った。
迷わない足取りに、この店に慣れ親しんだ人間だと推察される。必然的に頭に思い浮かんだ人物に、武智は頬をひきつらせた。
「村上、もう来ていたか。」
喜原勝基が姿を表し、武智の姿を認めて近寄ってくる。ここに武智がいる事に全く疑問を感じている様子はない。
ヒカルの姿を認めて、勝基が眉をひそめる。
「おい、ヒカル。何だ、その格好は。」
「シャワー浴びてて。」
「襲われても知らんぞ。」
勝基が呆れた顔をして言う。そこにヒカルの身を案じるような気配はなく、武智は違和感を覚えた。
―――愛人だからそんなものなのか?
普通は愛人に対しても、独占欲と所有欲みたいなものが見え隠れする気がする。勝基の性格によるものか。
ヒカルがシャツのボタンを止めながら、ひょいと肩を竦めて答える。
「冗談。大人しくヤられると?」
「おまえが馬鹿みたいに強いのは知っているがな。
不意を突かれる事もたまにはあるだろう。」
「無いよ。寝てたって反撃できる。」
あはは―――と、ヒカルが楽しそうに笑う。
「おまえは忍者か何かか。」
「あは、いいね。忍者。」
「もういい。何かあっても知らん。」
テンポの良い会話に、まるで友人か、兄弟がじゃれているようだと感じた。
―――そうか。
上下関係がないのだ。二人のパワーバランスが均等なように見える。
武智が戸惑っていると、勝基がクルリとこちらへ振り返った。ビクッと背が伸びる。
「―――村上、いいか。」
「は、はい。何でしょうか。」
「働いてもらうぞ。」
勝基の言葉に武智が虚をつかれると、すっかり衣服を身に付けたヒカルが話に加わってきた。
「なに、動きが?」
「ああ。近々、大規模な取引がある。」
ギクリ―――となる。
「近々っていつかハッキリしてないの?」
「2週間前後。」
「ふぅん、モノは?」
ひとり体を強張らせた武智を置いて、勝基とヒカルは平然と会話を進める。気負った様子も緊張した様子もなく、淡々と。
未知の生物を見ている気分に陥り、武智は二人に恐れを感じた。
ともだちにシェアしよう!