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Chapter 12―3

武智が伸ばした手で滑らかな頬を撫でると、ヒカルが猫のように目を細める。まるで甘えられている気分になるが、きっとそれは間違いだろう。 勘違いはしない。 ―――本当に甘えてくれたら。 武智が血迷った事を考えていると、突然、店の方から物音が響いた。 誰か来る。 タン、タン―――と近づいてくる足音に、武智は反射的に後ずさり、ヒカルと距離を取った。 迷わない足取りに、この店に慣れ親しんだ人間だと推察される。必然的に頭に思い浮かんだ人物に、武智は頬をひきつらせた。 「村上、もう来ていたか。」 喜原勝基が姿を表し、武智の姿を認めて近寄ってくる。ここに武智がいる事に全く疑問を感じている様子はない。 ヒカルの姿を認めて、勝基が眉をひそめる。 「おい、ヒカル。何だ、その格好は。」 「シャワー浴びてて。」 「襲われても知らんぞ。」 勝基が呆れた顔をして言う。そこにヒカルの身を案じるような気配はなく、武智は違和感を覚えた。 ―――愛人だからそんなものなのか? 普通は愛人に対しても、独占欲と所有欲みたいなものが見え隠れする気がする。勝基の性格によるものか。 ヒカルがシャツのボタンを止めながら、ひょいと肩を竦めて答える。 「冗談。大人しくヤられると?」 「おまえが馬鹿みたいに強いのは知っているがな。 不意を突かれる事もたまにはあるだろう。」 「無いよ。寝てたって反撃できる。」 あはは―――と、ヒカルが楽しそうに笑う。 「おまえは忍者か何かか。」 「あは、いいね。忍者。」 「もういい。何かあっても知らん。」 テンポの良い会話に、まるで友人か、兄弟がじゃれているようだと感じた。 ―――そうか。 上下関係がないのだ。二人のパワーバランスが均等なように見える。 武智が戸惑っていると、勝基がクルリとこちらへ振り返った。ビクッと背が伸びる。 「―――村上、いいか。」 「は、はい。何でしょうか。」 「働いてもらうぞ。」 勝基の言葉に武智が虚をつかれると、すっかり衣服を身に付けたヒカルが話に加わってきた。 「なに、動きが?」 「ああ。近々、大規模な取引がある。」 ギクリ―――となる。 「近々っていつかハッキリしてないの?」 「2週間前後。」 「ふぅん、モノは?」 ひとり体を強張らせた武智を置いて、勝基とヒカルは平然と会話を進める。気負った様子も緊張した様子もなく、淡々と。 未知の生物を見ている気分に陥り、武智は二人に恐れを感じた。

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