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Chapter 16―3
〈H side〉
久しぶりの戦闘に椿山ヒカルは高揚していた。
至近距離から突き出されたナイフを避けて、男の腹部を蹴り上げる。
―――重い。
新たに力を加えると、二メートルの巨体が宙に浮いた。
ぐぇ―――と、気持ち悪い声を出しながら、男がふっ飛ぶ。拍子にナイフを落としたらしく、床を滑って何かの機械の下へ消えていった。
思わず、舌打ちが出る。
男がナイフを持っていなければ、まるで弱い者いじめのようで、気分が悪いではないか。しかし、止めるワケにもいかない。
2メートルの巨体ならば強いかもしれない―――と、ほんの少し期待していたのだが。
興醒めだ。
「どうする?」
もう抵抗するのは諦めろ―――と、云う意味でヒカルは問いかけた。さっきまでは楽しかったが、今はもう面倒でしかない。
「殺すっ!」
しかし、男は立ち上がると怒号を上げて、ヒカルへ向かってくる。
げんなりだ。
止めておいた方がいいのは分かりきっているだろうに。
殴りかかってきた男の拳を避けずに、バシッとヒカルは腕で払った。膝にきているのか、それだけで男はふらつく。
クスッと思わずヒカルが笑うと、元から真っ赤だった顔に更に血を昇らせて男が再び向かってきた。
「このっ!」
次も男の拳を腕で払った―――はずが、左手が沸騰したかのように熱くなった。
「ぃっ―――!?」
自分の左手が赤い。
血だ。
ツッと流れて、床に落ちる。
男を見ると、右手にナイフを握り荒い息を吐いていた。どうやらもう1本隠し持っていたらしい。
油断していた。
やるではないかと男を見直しつつも、痛みに対する苛立ちがそれを上回る。一足飛びに距離を詰めると、驚く男の側頭部を容赦なく蹴りつけた。
我ながら、完璧な動きだったと思う。
ガッ―――と、強打する音の次に、男は床に叩きつけられた。
無様に転がる。そのまま、倒れて呻く男の首に、ヒカルは一瞬の迷いもなく足を降り下ろした。
「ぐぅっ―――、ううっ!!」
また更に気持ち悪い声を男は出しながら、ヒカルの足を必死に引っ掻く。
一応、首を折れないよう止めているのだが、不快感に力の加減が分からなくなる。
「ぅっ―――」
ヒカルの足の下で、男がガクガク震えたかと思うと、パタリと動きを止めた。
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