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 8  僕たちがロビーに戻ると、さっきまで三人がいたソファには北方さん一人が座っていた。自販機で買ったんだろう缶コーヒーを両手に抱えて、ぼんやりと壁を見つめている。 「北方さん。」  僕が声をかけると、北方さんはハッとしたように僕の方を見た。 「あ、並木さん。小暮さんも。すみません、ボーっとしてて。あの、さっきは無理言ってすみません。心配してくださってたのに、どっか行ってほしい、なんて。」  北方さんはそう言って僕に謝ってきた。そんなのあの状況じゃ仕方ないし、むしろ僕たちこそ気を利かすべきだったのに。いい人なんだよな、やっぱり。昨日から、自分に非のないことでずっと謝ってる。 「いや、そんなこと…。」そう僕が言いかけると、 「あ、はは。何だろう。ボク、昨日から並木さんに謝ってばかりですね。なんだかおかしいなぁ。」  北方さんが吹き出しながらいった。今のどこにおかしいところがあったんだろうか。僕がそう思っていると「あはは、おっかし。ふふ。」と北方さんは本格的に笑い出して、体を屈折させた。  しばらくの間、北方さんの笑う声だけがロビーに響き渡った。だ、大丈夫かな。もしかして笑い上戸ってやつなのか? 僕が困惑していると、北方さんはハァーと長く息を吐いて、ごほんと咳払いをした。 「す、すみません。なんだかおかしくなっちゃって。」と北方さんが照れくさそうに言った。よかった、あのままずっと笑ってたらどうしようかと思ってた。もしかして、だいぶ疲れているのかもしれない。気苦労の多そうだしな、この人。 「はぁ、なんか笑ったら少しすっきりしたかも。」 「すっきり、ですか?」 「…ずっと息がしづらかったんです。」  さっきまでとは裏腹に、さっぱりした表情で北方さんはポツリと言った。 「大学に入ってから、あの三人と一緒に過ごすようになってから、ずっと。本当は、あの中から逃げたいって思ってたんです。」 「…どうして、ですか? 仲、良さそうだったのに。」 「仲、悪いわけじゃあないんですよね。前も言いましたけど。何だろう、それ以前の問題っていうのかな。少なくとも、ボクにとっては。」  それ以前の問題、つまり北方さんにとっては友達ですらなかったってことなんだろうか。それはあまりにも南野さんたちが可哀想な気がする。 「ふふ、ボク、オマケなんですよ。」 「オマケ?」 「はい。南野のオマケ。東堂さんも、…千晴さんも、南野の方ばかりを見ている。南野がボクと一緒にいるから、しょうがなくこっちを見てくれるだけ。それだけなんです。」  そんなことないと思うけど。東堂さんはよくわからないけど、西条さんは北方さんのこと、ちゃんと見ていると思うのにな。どうして、こんなに寂しい考えになっちゃったんだろう。 「でも、南野さんはそう思ってはいないと思いますよ。」  黙って僕と北方さんの会話を聞いていた小暮も、そうフォローをしてきた。うん。僕もそう思う。百歩譲って西条さんが北方さんのことをオマケだなんて思ってたとしても、南野さんは絶対そんな風に思ってないだろう。というか、むしろ親友くらいに思ってそうだけどな、昨日の感じだと。  僕がそう思っていると、北方さんは皮肉気に口の端を歪めて笑った。 「それが、一番問題なんですけどね。」 「え。どういうことですか、問題って。」  南野さんに良く思われるのが嫌って事なのか? でも、好意を持たれて嫌だと思うなんて、そんなことあるんだろうか。 「言葉の通りですよ。南野に親友だとか、友人だとか思われているのかと考えると、鳥肌が立っちゃいます。放って置いてくれればいいのに、いちいち関わってくるのが、嫌で嫌で堪らないんです。」と北方さんは吐き捨てるようにいった。 「嫌いなんですか? 彼のことを。」  らしくないその姿に呆然としていると、小暮が北方さんにそう尋ねた。いや、聞くにしても、もう少しオブラートに包んだ物言いをしろよ。空気読めない認定されるぞ。 「嫌いですね。大っ嫌いです。…小学生のころ、ボク、あいつにいじめられてたんです。まあ、あっちはそうは思ってなかったんでしょうけど。よく言うじゃないですか、いじめた方は忘れても、いじめられた方は絶対に忘れることはないって。まさにそれです。ボクはあいつにされたことを忘れたことありません。ずっとずっと覚えてるんです。…忘れられないんです。」  北方さんは自分の体を強く抱きしめながらそう締めくくった。いじめ、確かにいじめられっ子だった人は、それが終わってどんなに長い月日が流れても、決してその記憶を忘れることはないって言う。幼ければ、幼いほど、その傾向は強いのかもしれない。でも、だったら。 「どうして今も一緒にいるんですか? もう彼とは縁を切ってしまえばよかったのでは?」  小暮も同じ疑問に達したのか、北方さんに尋ねていた。その問いを聞いた北方さんはふっと目じりを緩ませて、 「そう、ですね。そうすればよかったんでしょうね。でも、ボクにはそんな勇気がなかったんです。」といった。 「中学にあがってから、南野はボクと一緒に行動するようになりました。いえ、今までも一緒に行動していたことはしていたんですけど。こう、まるで友人みたいに、というか。とりあえず、南野からいじめられることはなくなったんです。ボクは、そんなあいつが怖かったんです。去年まで、ボクにしていたこともすっかり忘れて、笑顔で接してくる南野が、怖くて堪らなかった。何度離れようと思ったかわかりません。でも、あいつから離れることも怖かった。今の南野を拒絶して、また前のあいつに戻ってしまったら。そう思うと、離れることも拒絶することできなくて、結局中学を卒業するまでずっと…。」 「それで、高校は別のところに行ったんですか。」 「はい。中学までは義務教育ですし、学区も決まっていますから、同じ学校に行くしかなかったけれど、高校は違います。あいつは当然のようにボクも同じ所を受けるって思ってたみたいですけどね。家は隣同士だったので、完全に離れられたわけじゃなかったんですけど、それでも、やっとあの恐怖から逃れられたって、そう思っていました。」  恐怖。北方さんにとって、南野さんはそういう存在でしかないんだろうか。南野さんの自業自得だと思うところはあるけれど、ここまで嫌われるなんてきっと南野さんだって思ってなかったはずだ。ちょっとだけ、南野さんに同情してしまうな。 「だから、まさか大学が同じになるなんて思ってもなくて、入学式の日に話しかけられたときは、悪夢だと思いましたよ。…刷り込みってやつなのか、あいつになんか言われると、逆らえないんですよね。今もなお、ボクにとってあいつは恐ろしい、忌避するべきものでしかないんです。」  そういい終わると、北方さんは持ちっぱなしになってた缶コーヒーをぐっと飲み干した。そしてそれを傍のゴミ箱に投げ入れようとする。だけど、狙いは大きく外れて、缶はゴミ箱の蓋に当たり、床を転がっていった。缶は小暮の靴にぶつかってその動きを止める。小暮は身をかがめてその缶を拾うと、無造作にゴミ箱へと投げ入れた。 「あ、すみません。はは、かっこつけると碌なことないですね。」と北方さんは頭を掻きながら照れ笑いをした。 「いえ。そういえば、東堂さんなんですけど…。」  小暮は表情をピクリとも変えずに、そう切り出した。 「東堂さん、ですか?」 「東堂さんに対しては、どう思っていたのかと思いまして。」  あ、そうだ。僕たちは東堂さんについて聞いて回ることにしていたんだった。北方さんの話に圧倒されて、すっかり忘れてたよ。さっき、東堂さんからはオマケだって思われてるとかいってたけど、北方さん自身は東堂さんのことどう思っているんだろうか。 「…正直、好きではなかったですね。彼女も、ボクのことなんてどうでもよかったみたいだし。南野を介さないと会うことすらなかったですしね。」  故人に対してこんなこというのもあれですけどね、と北方さんは苦笑いをしながらいった。 「そうですか。ありがとうございます。」 「それじゃあ、ボクはそろそろ部屋に戻りますね。…いつまでもここにいたって仕方がないですし。」  そういうと北方さんはロビーの入り口へと向かった。数歩歩いた後何かに気がついたように振り返ると、 「あ、彼女について知りたいなら、南野に聞くといいと思いますよ。あの二人、中学のころ付き合ってたから。たぶん、食堂の方にいると思います。えっと、それじゃあ。」といって、そそくさと立ち去っていった。  南野さんと東堂さんが付き合っていた? そんな話聞いたこともない。どうして二人とも隠していたんだろう。何だろう、気になるなぁ。 「あの二人、付き合ってたんだな。…全然気づかなかった。」  僕がぽつりとそうこぼすと、 「まぁ、今は付き合ってなかったんでしょうし、仕方ないですよ。」と小暮がいった。  何だ、じゃあ僕が鈍いってわけじゃないんだな。こいつも気づいてなかったみたいだし。 「俺はなんとなく気がついてましたけどね。」  お前一言多いんだよ、本当に。黙っとけよ。仮に気がついてたとしても、そこは黙っとけよ。嫌なやつめ。 「折角情報もらいましたし、次は南野さんにでも聞きに行きますか? 先輩。」  僕がむすっと黙り込んでいると、小暮は次にすることを提案してきた。次は南野さんか。まあ、それしかないよな。西条さんはまだ落ち込んでるだろうし、もう少し時間を置いてから聞きにいったほうがいいだろう。 「そうだな。じゃあ、食堂に行けばいいのか。…でもどうして食堂なんかにいるんだろう。お腹でもすいたのかな。」 「そんな先輩みたいなこと、彼はしないと思いますよ。」  そ、そんな言い方すると僕が毎回毎回食べ物をたかりに行ってるみたいじゃないか。いや、別にそんなんじゃなくて、たまに、ほんとにたまに、みちるさんとおやつを食べてるだけなんだから。お腹が空いたからって食堂に直行するほど、僕意地汚くないから。誤解を招くような発言するなよな。  僕が小暮に憤慨しているうちに、食堂の扉の前に着いていた。まぁ、ロビーと食堂はそんなに離れているわけじゃないしね。小暮が食堂のドアを開けると、そこには忙しそうに動く夏目くんと、なぜか一緒になって荷物を運んでいる南野さんがいた。 「あ! 並木さん! もういいんすか?」と僕たちの姿を目ざとく捉えた夏目くんが駆け寄ってきた。 「え、いいって、な、何が?」 「もちろん、体調に決まってるじゃないっすか! オレ、心配したんっスよぉ。」  夏目くんはそういいながら僕の体をペタペタと触った。顔まで触られて内心辟易していると、小暮がさりげなく夏目くんから僕を隠してくれた。助かった。自分から触るのはいいけど、他人にベタベタ触られるのってあんまりいい気持ちじゃないな。僕も気をつけよ。 「ああ、うん。もうすっかり大丈夫だよ。」と僕が小暮の後ろに隠れながら言うと、 「ホントっすかぁ! よかったっス!」と、夏目君は満面の笑顔を浮かべた。  その笑顔の眩しさに思わず目を細めながら、僕はさっきから疑問に思っていたことを夏目くんに尋ねた。 「あのさ、どうして南野さんも手伝ってるの? 手が足りてないなら手伝うけど…。」 「ああ、それはっすねぇ。」と夏目くんが口を開くと、 「オレが頼んだんですよ。手伝わせてほしいって。」といつの間にか近くにやってきていた南野さんがいった。 「なんでまた手伝いなんか…。」 「いや、一人でいると、どうしてもあのこと考えちまうから、何かやってたくて。それで、そこの夏目さんに頼んだんです。」  いや、いくらお客様の頼みでも、手伝わせちゃだめだろ夏目くん。あとで怒られても知らないよ。そう思って僕がジトッと夏目くんを見つめていると、何を勘違いしたのか夏目くんは、ニカっと笑って僕に向かって親指を立ててきた。違う、そうじゃないよ。今の視線をどう取ったらそんな反応になるんだ。 「あ、別に忙しくはないっすよ。もう、備蓄品とかの準備はとっくに終わってるんで。」  しかも、もう終わってるし。じゃあ今さっき忙しそうにしてたのは一体なんだったんだろうか。 「今は、これからどうやって忙しくするか考えてたんス。オレ考え事していると体が勝手に動いちゃうんっすよねぇ。」と相変わらずニコニコと笑いながら夏目くんはいった。  …真面目、なんだろうけどなぁ。なんだろうこのズレてる感は。隣で南野さんも苦笑してるし。 「とりあえず、ほかの従業員の方に聞きに行ってはいかがですか?」  小暮が夏目君にそう提案すると、夏目くんは大げさにポンと手を打って、 「なるほど! その手があったっすね! じゃあオレちょっくら行ってくるっス!」と言い残し、食堂から去っていった。  夏目くんの走る音が聞こえなくなるまで、誰も何も喋らなかった。誰か何か言えよ。こういう空気、僕苦手なんだよなぁ。そう思っていると、小暮が南野さんに切り出した。 「南野さん。東堂さんと付き合っていたというのは、事実ですか?」  そう小暮が行った瞬間、今まで普通だった南野さんの雰囲気がピリッと緊迫した。 「は? なんでそのこと…ってハルしかいねぇか。ったく、なんであいつ。」  南野さんは髪の毛をかき混ぜながら、目を吊り上げて舌打ちをした。そんなに秘密にしておきたいことだったんだろうか。僕だったら、あんな美人と付き合えてたら、たとえそれが過去の栄光だったとしても、みんなに自慢して歩くんだけどなぁ。 「事実なんですね。」と小暮はぴりぴりとした南野さんの雰囲気にも動じず、淡々とそう確認した。 「……あぁ、そうだよ。つっても中学の、それも三年の十二月から卒業までの間だけだから、そんなに長くないけどな。」 「あの、どうして別れてしまったんですか? あんなにきれいな人なのに。」と僕が尋ねると、南野さんはギロリと僕を睨み付けた。その鋭い眼光に思わず小暮の後ろに隠れると、南野さんもばつが悪く思ったのか「あー、すみません。つい。」と謝ってきた。 「あっと、何で別れたのかでしたっけ? よくあることなんですけどね、所謂自然消滅ってやつです。卒業して、学校も違っちまえば会うこともほとんどなくなりましたから。それで、気がついたらって感じですかね。」 「そ、そうなんですか。」 「…ま、それだけじゃないんですけどね。」  僕が相槌を打つと、南野さんはぼそっとそういった。 「え?」 「まぁこの際だから言っちゃいますけど、自然消滅するように仕向けたんですよ、オレ。自分で。」 「な、なんでまた。」  あんなに美人で素敵な女性と折角付き合えてたというのに、どうしてまたそんなことを。 「付き合った当初はよかったんですけどね、段々あいつに合わせるのがきつくなってきて。並木さんたちは知らないでしょうけど、あいつ、自分の思ったとおりにならないと癇癪起こすんですよ。ほんと、自己チューっていうか。すぐにでも別れたかったんですけど、告白したのオレからだったんですよね。ほら、自分から告白したくせに、すぐにフルってカッコ悪いじゃないですか。だから、穂乃花から別れを切り出すように誘導してたんですけど、あいつもなかなか強情で。しょうがないから自然消滅を装うことにしたんです。オレ、好きなものは何があっても離したりなんかしないタイプなんですよね。」  そういって笑う南野さんを見ていると背筋に冷たいものが伝う感覚がした。さらっと言ってるけど、この人だいぶ酷いことしてるんじゃないか。というか、中学生のときにそんなことまで考えてたの? 僕が中学生のころなんて、いかに先生や親の目を盗んで、エロ本を獲得するかってことくらいしか考えていなかったもんだけどな。所変われば考えも変わるってことなんだろうか。 「オレの中で、あいつと付き合ってたこと自体、黒歴史なんですよね。ほんと思い出したくもないっていうか。」  そう吐き捨てる南野さんの姿に、さっきの北方さんが重なって見えた。…嫌いな人に対しての態度が似ているなぁ。ずっと一緒にいると、そういうとこ似てくるのかもしれない。きっと北方さんは嫌がるんだろうけど。 「西条さんは知っているんですか。このこと。」と小暮が尋ねると、 「千晴? 多分知らないんじゃないか? さっきも言ったけどオレにとって、黒歴史だからさ。ハルにも誰にも言わないように言ってあるし。」と南野さんはかぶりを振ってその疑問を否定した。  そっか西条さんは知らないんだ。なんだかほっとしてしまった。西条さんは南野さんのこと好きなんだろうし、親友と思い人が中学生のころとはいえ付き合っていたなんて、そんな事実知ったらショック受けちゃうだろうしね。 「そうですか。…ありがとうございます。」  そういうと小暮はにっこりと笑った。さっきの質問の答えにそんな笑顔になるほどの情報があったんだろうか。僕には見当たらなかったけど。 「あ、最後に、今西条さんがどこにいらっしゃるか、知ってますか?」 「千晴なら、気分が悪いって言って、従業員の、あー、背が高くて、黒髪で眼鏡をかけた女の人、その人の部屋で休ませてもらってると思うけど。…千晴になんか用でもあんの?」  黒髪眼鏡の女の人、葛西さんかな。西条さんは、さすがに二階へは行けなかったのか。まぁ、僕だって行きたくないくらいだしな。当たり前か。 「はい、ちょっと聞きたいことがありまして。それでは失礼します。」  すっと礼をすると、小暮は颯爽と食堂から出て行った。おい、僕を置いていくなよ。というか何勝手に次の行動決めてんだよ。全く。 「あ、それじゃあ、僕ももう行きますね。失礼します。」  僕もあわてて南野さんにお辞儀をして、食堂を後にしようとした。すると、南野さんが僕に「あんまり刺激しないでくださいね。あいつ、まだ落ち込んでるんですから。」といった。何だ、相思相愛ってやつだったのか。東堂さんと付き合って、更に西条さんとも両思いだなんて、なんて、なんてうらやましいやつなんだ。その運を僕にも分けてほしいくらいだよ。 「千晴は、オレの妹みたいなもんなんですから。」  あれ、相思相愛じゃない? いや、ある意味相思相愛なのかも。家族愛的な意味で。 「南野さんにとって、西条さんって妹みたいなものなんですか…。」  一気に脱力してしまった。なんだ。さっき妬ましく思って損したな。無駄なエネルギー使っちゃったよ。 「へ、他になんだと思ってたんですか? あ、もしかしてオレがあいつのこと好きなんじゃないかって思ってた感じですか? はは、それよく言われるんですけどね。的外れもいい所ですよ。オレにとって、あいつは妹だし、千晴にとっても、オレは兄みたいなもんなんですから。そんな関係になんて絶対なりませんって。」  南野さんは朗らかに笑った。とりあえず、西条さんは南野さんのことを兄だとは思ってないと思う。この人、実はすごい鈍感なんじゃないか? 自分では鋭いって思ってそうだけど。…なんだか、西条さんに頑張ってほしくなってきたなぁ。いや、妬ましいことは妬ましいんだけど、それよりも西条さんに対する同情の気持ちが上回ったって言うか。うん。 「そ、そうなんですね。あ、それじゃ、僕もう行きますね。小暮も待ってるだろうし。」  僕がそういうと、南野さんも気がついたように「ああ、すみませんでした。引き止めちゃって。」と苦笑していった。  僕がもう一度お辞儀をしてから食堂を出ると、廊下には誰の姿もなかった。小暮のやつどこいったんだろう。さっき西条さんの居場所聞いてたし、そこかな。確か、葛西さんの部屋だったっけ。とりあえず、そこに向かえばいいかな。小暮が西条さんに酷いこと言わないか監視しなきゃいけないし。そう思って僕はロビーの向かい側にある従業員ルームへと足を進めた。

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